意識は、物質の自己組織化機能に基づいて生まれた情報処理機能の一形態ということができると思う。
コンピュータは情報処理機能を持っているが、意識を持ちえるだろうか? 私は、人間によって造られたコンピュータは意識を持つことはあり得ないと思う。
コンピュータは人間の造ったプログラムにしたがって、電気信号を処理するだけの機械である。入力データ及び処理された出力データが意味を持ち得るのは、人間を介してのみである。感情があるように見えるようにプログラムされたロボットであっても同じである。そこには、意識も感情もない。ロボットの頭脳に相当する部分においては、0と1に対応する信号の羅列が処理されているに過ぎない。そして、一定の結果に一定の感情表現が割り当てられるだけである。自己プログラム化されるように造られていたとしても、人間が関与しなければ全く意味のない信号の羅列で情報が処理されていることに変わりはない。
我々の意識はどうであろう。それは物質の自己組織化により生まれてきたものである。人間の意識は、高度に組織された物質である脳の働きである。人間の脳は、原始的な生物の原始的本能の形成から進化してきたものであり、物質の必然性に基づいて進化してきたものである。脳において、様々な情報処理がなされていることは確かであり、その中では電気信号であったり、伝達物質があったりするが、それぞれの形態をとるには、物質的必然性がある。コンピュータの信号のように、0と1の配列に人為的に意味が割り当てられるのではない。このような物質的な必然性によってしか、意識や精神は生まれることができないのではないかと思う。