少し古いかも知れないが、茂木健一郎氏の2012-09-01 Twitterに次のような文があった。
 
中国や韓国は大切な隣国だが、最近は腹を立てている人が多い。竹島や尖閣諸島などの領土問題。あるいは歴史認識の問題。腹を立てるのは仕方がないとして、怒りを覚えた結果、中国や韓国の人に何を「期待」しているのかという問題について、案外整理できていないと感じる。.
国としての中国や韓国のふるまいは、それぞれの国の人々の認識や行動の集合体である。そして、現代の脳科学の標準的な見解によれば、脳の振る舞いにおいて、「自由意志」(free will)は存在しない。それぞれの脳の内部、および外部との相互作用で指定された軌跡を追うだけのこと。.

つまり、中国や韓国の振る舞いにどんなに腹が立ったとしても、彼らが、実際に行動しているやり方以外のやり方で行動するということは、期待できないというのが科学的に見て透徹した立場である。それでも腹が立つのは、コミュニケーションにおける一つの「誠実さの法則」であろう。.
たとえ、相手の振るまいに自由意志がなく、今やっているやり方と別のやり方で行動することが期待できないとしても、それに対して腹が立っているという自分の感情を伝えることで、相手が今後行動する時のパラメータが、劇的ではないにせよ徐々に変わるかもしれない。これが、誠実の法則。.

アインシュタインは、「ある人物がある行動をとることは、その背後に必然性がある」と述べたが、自由意志が存在しないことの一つの認識だろう。他人に対してあまり期待しない、しかし自分の感情は伝えるというのは、自由意志が存在しない世界観と整合性のある、誠実さの法則である。.
自由意志がないということは、自分自身の行動に対するふがいなさにも関わる。夢を実現できていない、努力ができない自分に対する憤りは、自分には、果たして他の行動はできたのだろうか、という冷静な目に補われて初めて生の現場に接地する。瞬時で人生の方向が変わる魔法の自由などない。.

脳は自由意志という幻想をつくった。それは、脳がいきいきと機能しているというreality checkである。一方で、「今すぐすべてを」という疾風怒濤の自由は、自分にも他者にも与えられないことを認識せよ。少しずつ、ゆるやかに、パラメータを変えてしきい値越えを待つしかない。.
自由意志は存在しないのだ、ということを時々言い聞かせてやると、おそらく、人はそれほど腹を立てなくなる。怒ったとしても、それは一時のガス抜きとなる。それよりも、条件が満たされるためのパラーメータ整備を、ゆっくり、着実に行う方向に変化するはずだ。それが一番適応的。

長いが、以上が引用である。政治的社会的結論において異存はないのだが、疑問に思うのは、「誠実さの法則」と自由意志の関係である。「たとえ、相手の振るまいに自由意志がなく、今やっているやり方と別のやり方で行動することが期待できないとしても、それに対して腹が立っているという自分の感情を伝えることで、相手が今後行動する時のパラメータが、劇的ではないにせよ徐々に変わるかもしれない」ということで、自由意志がないから「無駄だからやめよう」ではなく、「やはり自分の感情を伝えよう」との選択をしているところに、自由意志がないのだろうか。
 
また、「、「今すぐすべてを」という疾風怒濤の自由は、自分にも他者にも与えられないことを認識せよ。少しずつ、ゆるやかに、パラメータを変えてしきい値越えを待つしかない。.」と、緩やかに社会を変えることを認めているのは、自由意志による変革ではないのか。自由意志を「誠実さの法則」という分かりにくい概念に変えても、自由意志の問題は解決しない。私にはどうしても納得できない。本人はどのように納得しているのだろうか。