◆実体の概念
「実体とは、すべての存在するもののもとにあって、これらのものの性質の変化やその諸現象にもかかわらず、変わることなく常に同一にとどまり、これら存在するものを担っているものとされている。・・・ 弁証法的唯物論は、実体を不変で同質的にとどまる客観的存在とはせず、不断に運動し発展する物質をそれと解し、旧来の実体の概念を廃棄する。」(森宏一編「哲学辞典」青木書店)
私は個人的に実体をエネルギーととらえてはどうかと考えています。エネルギーが物質なのか、それとも精神なのかというと、当然、「意識とは独立した客観的な存在」という意味では、物質のカテゴリに属するものだと思っています。ですから、「実体は不断に運動し発展する物質」という立場と異なるわけではありません。ただ、「物質」という概念は、「受動的なもの」、「精神と対立するもの」という印象を抱く人々が多いのではないかと思います。
◆実体としてのエネルギーの精神的側面と物質的側面
私は、エネルギーには精神的側面と物質的側面があるのではないかと思います。また、物質は単なる受動的なものではなく、能動性を備えていると考えていますが、私が言う物質の能動性というのは、精神的側面からの表現と言えるでしょう。物質さえもその形をなしていなかったビッグバンという宇宙の始まりから今日に至る発展において、エネルギーは、素粒子から原子、分子、無機化合物、有機化合物、タンパク質、遺伝子、単細胞生物、多細胞生物を経て、下等生物から高等生物へと発展してきました。これらは、すべてエネルギーそのものの自己組織化による発展ととらえることができます。
そして、エネルギーが自己組織化していく過程においては、常に精神的側面と物質的側面という二面性があったのだと思います。ですから、物質が上記のように様々な組織化により発展してきた過程においては、見えにくい形ではあっても、常にエネルギーの精神的側面の組織化が、表裏一体のものとして進行し、発展してきたはずです。
生命の誕生というのは、単細胞組織において、この精神的側面と物質的側面が統一された原始的自律性が確立された段階をいうのではないかと思います。
◆物質と精神との表裏一体性
ですから、生命の誕生は、生命のない物質からなる機械に、神が精神を吹き込んだようなものではないと思います。もともと精神は物質の彼岸にあるものではないのですから。
このように、物質の発展は、エネルギーの精神的側面の組織化と、一体のものとして行われてきたのですから、心身の相互作用というものは高等動物に至るずっと前の段階から、原始的な形で進んできたのだと思います。
◆実体が主体として自己認識する過程
ヘーゲルは、哲学の根本的命題は、「実体は主体である」としております。これは客体が主体と統一されることでもあります。
人類の意識は、宇宙の実体であるエネルギーが、自己組織化されて生まれた、精神的側面です。そして、人類が宇宙のあらゆる事象を解明し認識していく課程は、そのような人類の意識が、宇宙の実体であるエネルギーのありかたそのものを解明し認識していくのです。実体が実体自身を認識する自己認識の過程にほかなりません。
それが、実体であるエネルギーの自己発展と自己認識のプロセスこそ、宇宙の歴史です。このように考えると、ヘーゲルの言っていることがよくわかるような気がします。
「実体とは、すべての存在するもののもとにあって、これらのものの性質の変化やその諸現象にもかかわらず、変わることなく常に同一にとどまり、これら存在するものを担っているものとされている。・・・ 弁証法的唯物論は、実体を不変で同質的にとどまる客観的存在とはせず、不断に運動し発展する物質をそれと解し、旧来の実体の概念を廃棄する。」(森宏一編「哲学辞典」青木書店)
私は個人的に実体をエネルギーととらえてはどうかと考えています。エネルギーが物質なのか、それとも精神なのかというと、当然、「意識とは独立した客観的な存在」という意味では、物質のカテゴリに属するものだと思っています。ですから、「実体は不断に運動し発展する物質」という立場と異なるわけではありません。ただ、「物質」という概念は、「受動的なもの」、「精神と対立するもの」という印象を抱く人々が多いのではないかと思います。
◆実体としてのエネルギーの精神的側面と物質的側面
私は、エネルギーには精神的側面と物質的側面があるのではないかと思います。また、物質は単なる受動的なものではなく、能動性を備えていると考えていますが、私が言う物質の能動性というのは、精神的側面からの表現と言えるでしょう。物質さえもその形をなしていなかったビッグバンという宇宙の始まりから今日に至る発展において、エネルギーは、素粒子から原子、分子、無機化合物、有機化合物、タンパク質、遺伝子、単細胞生物、多細胞生物を経て、下等生物から高等生物へと発展してきました。これらは、すべてエネルギーそのものの自己組織化による発展ととらえることができます。
そして、エネルギーが自己組織化していく過程においては、常に精神的側面と物質的側面という二面性があったのだと思います。ですから、物質が上記のように様々な組織化により発展してきた過程においては、見えにくい形ではあっても、常にエネルギーの精神的側面の組織化が、表裏一体のものとして進行し、発展してきたはずです。
生命の誕生というのは、単細胞組織において、この精神的側面と物質的側面が統一された原始的自律性が確立された段階をいうのではないかと思います。
◆物質と精神との表裏一体性
ですから、生命の誕生は、生命のない物質からなる機械に、神が精神を吹き込んだようなものではないと思います。もともと精神は物質の彼岸にあるものではないのですから。
このように、物質の発展は、エネルギーの精神的側面の組織化と、一体のものとして行われてきたのですから、心身の相互作用というものは高等動物に至るずっと前の段階から、原始的な形で進んできたのだと思います。
◆実体が主体として自己認識する過程
ヘーゲルは、哲学の根本的命題は、「実体は主体である」としております。これは客体が主体と統一されることでもあります。
人類の意識は、宇宙の実体であるエネルギーが、自己組織化されて生まれた、精神的側面です。そして、人類が宇宙のあらゆる事象を解明し認識していく課程は、そのような人類の意識が、宇宙の実体であるエネルギーのありかたそのものを解明し認識していくのです。実体が実体自身を認識する自己認識の過程にほかなりません。
それが、実体であるエネルギーの自己発展と自己認識のプロセスこそ、宇宙の歴史です。このように考えると、ヘーゲルの言っていることがよくわかるような気がします。