プラトンのイデア論によると、イデアとは完全不滅の真実の実在的存在であり、感覚的事物はその影であるとされる。そして、イデアが存在しているのがイデア界で、その陰が投影されているのがわれわれ人間の住む現実界である。
プラトンのイデア論の問題点は、イデアがイデア界に実在すると考えたことである。「イデアとは完全不滅の真実の実在的存在であり、感覚的事物はその影である」において、「イデア」を「本質」と置き換え、「感覚的事物」を「現象」に置き換えると「本質とは完全不滅の真実の実在的存在であり、現象はその影である」とすると、かなり説得力を持つ。本質は現実界の外にあるのではなく、現実界の中にあるものである。
しかし、さらに残る問題は「本質とは完全不滅の真実の実在的存在」かどうかという疑問である。
自然法則というものは「完全不滅の真実の実在的存在」であるように思われる。しかし、ビッグバンについての説明などを読んでみると、ビッグバンの後に様々な物質が誕生したと推測されている。ニュートン力学が、極限的な状況においては成り立たないように、状況により自然法則でさえ一律ではない。
また、宇宙の進化と共に「真実の実在的存在」たるものも進化しているのではないだろうか。原子が存在しない世界において、原子間の法則性は現れようがないであろう。このように状況の変化が新たな法則性を産み出すのではないだろうか。
素粒子から原子、分子、無機化合物、有機化合物、生物そして人類社会に至る序列において、次々と新たな法則性が生まれて来ている。
プラトンのイデア論の問題点は、イデアがイデア界に実在すると考えたことである。「イデアとは完全不滅の真実の実在的存在であり、感覚的事物はその影である」において、「イデア」を「本質」と置き換え、「感覚的事物」を「現象」に置き換えると「本質とは完全不滅の真実の実在的存在であり、現象はその影である」とすると、かなり説得力を持つ。本質は現実界の外にあるのではなく、現実界の中にあるものである。
しかし、さらに残る問題は「本質とは完全不滅の真実の実在的存在」かどうかという疑問である。
自然法則というものは「完全不滅の真実の実在的存在」であるように思われる。しかし、ビッグバンについての説明などを読んでみると、ビッグバンの後に様々な物質が誕生したと推測されている。ニュートン力学が、極限的な状況においては成り立たないように、状況により自然法則でさえ一律ではない。
また、宇宙の進化と共に「真実の実在的存在」たるものも進化しているのではないだろうか。原子が存在しない世界において、原子間の法則性は現れようがないであろう。このように状況の変化が新たな法則性を産み出すのではないだろうか。
素粒子から原子、分子、無機化合物、有機化合物、生物そして人類社会に至る序列において、次々と新たな法則性が生まれて来ている。