自由とは何でしょうか。広辞苑を引くと、結構長い説明があります。
一般的には、責任を持って何かをすることに障害(束縛・強制など)がないこと。自由は一定の前提条件の上で成立しているから、無条件的な絶対の自由は人間にはない。自由は、障害となる条件の除去・緩和によって拡大するから、目的のために自然的・社会的条件を変革することは自由の増大である。この意味での自由は自然・社会の法則の認識を通じて実現される。
なかなか哲学的な説明なので、さすがと感心してしまいました。
哲学辞典でどのような説明をしているかというと、青木書店の哲学辞典では次のように説明しています。
自由に関する哲学的見解には、二つの極端な対立がある。一方は、人間の精神が自己規定をなしえること、意志の自由を唱えて、人間は周囲の必然的な法則の支配に拘束されずに、まったく自由に決定し、自由に行為し得るとする見解。他方は、自然によっても社会によってもそれらに働いている因果必然の連鎖によって人間はまったく規定されていて、自由は完全に否定されるとして、宿命論の立場を説くもの。
これらの二見解はともに、自由と必然とを切離し対立させて、その一方を強調するものである。しかし、実際には、自由と必然とは弁証法的な相互関連をなしている。哲学史上で、この関連を明らかに述べたのはスピノザであり、ついでヘーゲルが観念論的見地から両者の弁証法的関連を説いた。これらによれば自由とは必然性の認識に基づいて成立つのであり、この認識によって、必然は自由へと止揚されると見る。
弁証法的唯物論は、この見地を、唯物論の立場に立って発展させた。この際自然および社会を支配する合法則性が基本であって、人間の意識によるその反映、すなわち認識は第二次的であると見る。したがって人間が客観的法則性つまり必然を認識する程度の深浅によって自由の範囲も規定され、人間にとって自由とは歴史的産物である。
自然についての知識が発達し、自然科学が形成され発展するにつれて、人間は自然によって抑圧され動かされることが少なくなり、人間の側からその認識に基づいて計画的に自然を支配していくことができていき、このことにより自然に対する人間の自由な活動が拡大する。さらに人間は社会的生活を営むから、自然に対するだけでなく、自由の問題は社会とも関連する。・・・
とりあえず、辞典の「自由」に関する説明の紹介で失礼します。そのうち、私自身の記事をまとめてみたいと思っています。