◆自己顕示欲の現われ方
食欲、性欲、睡眠欲、物欲などとともに、自己顕示欲も人間にとって重要な欲だと思います。これは権力欲や名誉欲などを含みますが、特別な権力や名誉ではなくてもさまざまな形で現れます。学校やスポーツでよい成績をとること、クラスや職場の人気者になることを望む気持ちも自己顕示欲ですし、ボランティア活動や社会参加活動も自己顕示欲と無縁でないことは容易に想像がつくでしょう。
さらには、人々に親切にしたりすることも、母親が教育熱心になるのも、女性が男性に尽くして喜んでもらおうと思う気持ちも自己顕示欲の現われだと思います。また、向上心というものも自己顕示欲からくるものにであることは言うまでもないでしょう。私がよくいう「前向きに生きよう」というのも自分の自己顕示欲をうまく利用して生きようということに他なりません。
◆自己顕示欲は悪いものか
自己顕示欲は本能的な欲ではありますが、決して否定的にとらえる必要はありません。本能的な欲は、時には厄介なものですが、本来生きていく為に必要なものだと言うことができます。しかし、自己顕示欲に限らず、欲にとらわれてしまうと本来の生き方を見失ってしまいますので、自己顕示欲が本能的な欲であることを意識して、これに振り回されないようにすることが大切だと思います。
自己顕示欲の本能的な欲としての積極面は、行動の原動力となることです。自己顕示欲は、努力する為の気力や、多少の困難でも乗り越えるだけの強さを与えてくれます。したがって、自己顕示欲を自覚的にコントロールして、そのエネルギーを利用することにより、自分を高めることができます。
◆教育と自己顕示欲
今の教育は、このような自己顕示欲を自覚的にコントロールすることにより、向上心へと結び付けていくような教育になっていないと思われます。いわゆる、校内暴力、いじめの問題などもすべて、自己顕示欲をうまく処理し機能させていないことが関係していると思います。
人間には自己の存在を対外的にアピールできる何らかの場が必要です。偏差値によって自己を顕示できないものにとっては、学校は居心地の悪い場所になります。ましてや授業の内容が分からないとなると、もうそれは牢獄のようなものになってしまいます。
思春期でエネルギーの有り余った若者たちにとって、偏差値による評価への反発は、学校や教育制度に向けられざるをえません。学校内では、校内暴力、家庭内暴力、いじめなどの問題がありますし、学校の外では、暴走族や暴力団などに逃げ込むことにより、お仕着せの価値観への反発として現れるのではないでしょうか。
このような問題に対処する為にはどうすればよいのでしょうか。私はやはり学校において人間としてどう生きるかの教育が行われるべきだと思います。道徳教育というと、政府や教育委員会は、何かと愛国心だとかなんだとか、余計なものを導入しようとして、対立や敵対を助長するようなことばかりしようとしますが、そのような特定の主義主張は極力排除して、最大公約数として、人間として前向きに生きていくにはどのような知識が必要か、他人を思いやり他人と協力していくにはどのようなことが必要か、挫折をどのように克服するかなど、思春期の学生たちが直面する問題について、考えさせるような教育がされるべきではないかと思います。
食欲、性欲、睡眠欲、物欲などとともに、自己顕示欲も人間にとって重要な欲だと思います。これは権力欲や名誉欲などを含みますが、特別な権力や名誉ではなくてもさまざまな形で現れます。学校やスポーツでよい成績をとること、クラスや職場の人気者になることを望む気持ちも自己顕示欲ですし、ボランティア活動や社会参加活動も自己顕示欲と無縁でないことは容易に想像がつくでしょう。
さらには、人々に親切にしたりすることも、母親が教育熱心になるのも、女性が男性に尽くして喜んでもらおうと思う気持ちも自己顕示欲の現われだと思います。また、向上心というものも自己顕示欲からくるものにであることは言うまでもないでしょう。私がよくいう「前向きに生きよう」というのも自分の自己顕示欲をうまく利用して生きようということに他なりません。
◆自己顕示欲は悪いものか
自己顕示欲は本能的な欲ではありますが、決して否定的にとらえる必要はありません。本能的な欲は、時には厄介なものですが、本来生きていく為に必要なものだと言うことができます。しかし、自己顕示欲に限らず、欲にとらわれてしまうと本来の生き方を見失ってしまいますので、自己顕示欲が本能的な欲であることを意識して、これに振り回されないようにすることが大切だと思います。
自己顕示欲の本能的な欲としての積極面は、行動の原動力となることです。自己顕示欲は、努力する為の気力や、多少の困難でも乗り越えるだけの強さを与えてくれます。したがって、自己顕示欲を自覚的にコントロールして、そのエネルギーを利用することにより、自分を高めることができます。
◆教育と自己顕示欲
今の教育は、このような自己顕示欲を自覚的にコントロールすることにより、向上心へと結び付けていくような教育になっていないと思われます。いわゆる、校内暴力、いじめの問題などもすべて、自己顕示欲をうまく処理し機能させていないことが関係していると思います。
人間には自己の存在を対外的にアピールできる何らかの場が必要です。偏差値によって自己を顕示できないものにとっては、学校は居心地の悪い場所になります。ましてや授業の内容が分からないとなると、もうそれは牢獄のようなものになってしまいます。
思春期でエネルギーの有り余った若者たちにとって、偏差値による評価への反発は、学校や教育制度に向けられざるをえません。学校内では、校内暴力、家庭内暴力、いじめなどの問題がありますし、学校の外では、暴走族や暴力団などに逃げ込むことにより、お仕着せの価値観への反発として現れるのではないでしょうか。
このような問題に対処する為にはどうすればよいのでしょうか。私はやはり学校において人間としてどう生きるかの教育が行われるべきだと思います。道徳教育というと、政府や教育委員会は、何かと愛国心だとかなんだとか、余計なものを導入しようとして、対立や敵対を助長するようなことばかりしようとしますが、そのような特定の主義主張は極力排除して、最大公約数として、人間として前向きに生きていくにはどのような知識が必要か、他人を思いやり他人と協力していくにはどのようなことが必要か、挫折をどのように克服するかなど、思春期の学生たちが直面する問題について、考えさせるような教育がされるべきではないかと思います。