「さわらぬ神にたたりなし」と言います。この言葉には神のことはよく分からないから、関わりあわない方がよいというところでしょうか。

神は異教の神を敬うことを禁ずる傾向がある。礼拝を要求する。
うるさい理屈を言う者を嫌い、ともかく信じてくれる者を好む。
信じない者には救いを与えず、天国にも行かせない。
疑うものや悪口を言うものには、罰を与える。

このようなことを総合していくと、神は人間の性格にたとえると、偏狭で嫉妬深く、威張りたがりでへつらいを好み、自意識が強く、一切の批判を許さないということがいえるのではないでしょうか。さらに、一生懸命お願いしてもかなえてくれるとは限りませんし、現実をみると良い人が報われているようにも見えないことを加えると、気まぐれなようです。

以上のような人がいたら、私はあまり(というよりまったく)好きになれません。神の性格ってそんなに悪いのでしょうか?このような人格に仕立てたのは、人間のでっちあげではないでしょうか?

神が気難しく、気まぐれなのは、自然災害などを神の仕業と考えたところから来ているのではないかと思います。人間はその誕生以来、自然災害により苦しめられてきました。これを神の怒りによる天罰であると考えたのです。人間から見ると何が怒りにふれたのか分からず、ただ祈ってなだめたり、誰かにこじつけの責任を押し付けて、犠牲にするようなこともあったのではないかと思われます。

神があるとすれば、宇宙あり方そのものが神なのではないでしょうか。それは一切の人格もなければ、人間の精神のようなものとも異なり、人間の価値観では測ることができないものです。したがって、人格もなく、精神や意識のようなものともかけはなれていますので、もはや精神と呼ぶこともできません。

神とも宇宙の生命とも物質とも呼ぶことのできない宇宙そのものだと思います。