◆利潤の追求
資本主義社会において、企業が利潤を追求することを否定することはできません。企業は、社会の需要を発掘し、これに答えることによって、社会に貢献するという側面を持っていますが、そのような社会的貢献を継続するためにも、一定の利潤を追求することは必要です。慈善事業でさえも、収支のバランスをとらないと、事業を継続することもできなくなってしまいます。
また、企業は、価格競争に勝ち残るために、コスト削減しようとします。コスト削減は、無駄をなくし効率を向上させることにより行われるのであれば、必ずしも悪いこととは言えません。社会の人的資源も物的資源も限りがあり、無駄をなくして、これらの資源の有効に利用することは、社会全体にとっても有益だということができます。
◆企業の論理
問題は、企業を利潤追求の観点からのみとらえ、企業の社会性を無視した企業の論理が、まかり通っていることです。バブル崩壊以後の景気停滞のもとで、そのような企業の論理が、黙認され助長されてきました。その結果、企業の本来の社会的使命を忘れた、なりふりかまわない利潤追求やコスト削減などが横行するようになったように思われます。自動車会社が、欠陥を放置したり隠蔽したりということがありましたが、このような事例はその最たるものです。
企業は、社会の需要に応えるほかに、従業員の雇用と生活を守ることもその社会的使命としています。社会性を無視した企業の論理は、人件費も単なるコストとして他のコストと同一視します。しかし、人件費は材料費などとは違い、そこに働く人々の生活がかかっているのです。働く人々を犠牲にしたコスト削減は、効率の向上とは区別して考える必要があります。
◆企業の社会的使命
企業は、単なる利潤を追求する組織ではなく、製品やサービスを社会に供給することにより社会の需要に応えるとともに、社会に雇用を供給している社会社会的な存在であるからこそ、その存在意義があるといえます。したがって、企業は、社会性を無視した企業の論理に立つのではなく、社会的使命を第一に考えるべきです。その使命とは、社会に良質な製品やサービスを供給して社会の需要に応えることであり、従業員の雇用と生活を守ることです。
企業倫理の逸脱は、このような企業の社会的使命がおざなりにされることから、生まれてくるものではないでしょうか。しかし、長い目で見ると、手段を選ばない利潤追求や、企業の社会的使命を自覚しない企業体質は、必ず露見し社会に非難される結果となることや、従業員の志気を低下させ、利益を損なうことになってしまうことを、企業は忘れてはなりません。
資本主義社会において、企業が利潤を追求することを否定することはできません。企業は、社会の需要を発掘し、これに答えることによって、社会に貢献するという側面を持っていますが、そのような社会的貢献を継続するためにも、一定の利潤を追求することは必要です。慈善事業でさえも、収支のバランスをとらないと、事業を継続することもできなくなってしまいます。
また、企業は、価格競争に勝ち残るために、コスト削減しようとします。コスト削減は、無駄をなくし効率を向上させることにより行われるのであれば、必ずしも悪いこととは言えません。社会の人的資源も物的資源も限りがあり、無駄をなくして、これらの資源の有効に利用することは、社会全体にとっても有益だということができます。
◆企業の論理
問題は、企業を利潤追求の観点からのみとらえ、企業の社会性を無視した企業の論理が、まかり通っていることです。バブル崩壊以後の景気停滞のもとで、そのような企業の論理が、黙認され助長されてきました。その結果、企業の本来の社会的使命を忘れた、なりふりかまわない利潤追求やコスト削減などが横行するようになったように思われます。自動車会社が、欠陥を放置したり隠蔽したりということがありましたが、このような事例はその最たるものです。
企業は、社会の需要に応えるほかに、従業員の雇用と生活を守ることもその社会的使命としています。社会性を無視した企業の論理は、人件費も単なるコストとして他のコストと同一視します。しかし、人件費は材料費などとは違い、そこに働く人々の生活がかかっているのです。働く人々を犠牲にしたコスト削減は、効率の向上とは区別して考える必要があります。
◆企業の社会的使命
企業は、単なる利潤を追求する組織ではなく、製品やサービスを社会に供給することにより社会の需要に応えるとともに、社会に雇用を供給している社会社会的な存在であるからこそ、その存在意義があるといえます。したがって、企業は、社会性を無視した企業の論理に立つのではなく、社会的使命を第一に考えるべきです。その使命とは、社会に良質な製品やサービスを供給して社会の需要に応えることであり、従業員の雇用と生活を守ることです。
企業倫理の逸脱は、このような企業の社会的使命がおざなりにされることから、生まれてくるものではないでしょうか。しかし、長い目で見ると、手段を選ばない利潤追求や、企業の社会的使命を自覚しない企業体質は、必ず露見し社会に非難される結果となることや、従業員の志気を低下させ、利益を損なうことになってしまうことを、企業は忘れてはなりません。