「絶対的真理はない」とよく言いますが、それでは「絶対的真理はない」という言葉は「絶対的真理」なのでしょうか?
そもそも絶対的真理とはどういう意味なのでしょう。哲学事典をみてみると、「相対的真理に対する。弁証法的真理観では、相対的真理の過程が絶対的真理への無限の近似とみなされる。」というようなことが書いてあります。わかるようでよくわからないような気もします。
「絶対的真理はない」ということは、真理はないということなのでしょうか?もしそうなら、すべての学問は何のためにあるのでしょう。それとも絶対的真理はないが、相対的真理はあるということなのでしょうか。相対的真理とはどういうことでしょうか。
ニュートンが力学を打建ててから300年も経ちますが、いまでもニュートン力学は高校や大学の物理で教えられています。相対性理論や量子論などにより、ニュートン力学が適用できない状況もあることが明らかになっていますが、だからといって真理でなくなったわけではありません。いまでも人工衛星の軌道はニュートン力学で計算されています。
「絶対的真理はない」ということをニュートン力学に当てはめれば、光速に近い運動をするものや、素粒子の運動には、ニュートン力学は適用できないという意味で「絶対的真理ではない」ということでしょう。適用できない状況を除いては(これが相対的ということでしょうか)、真理であるといっても問題はないでしょう。
「絶対的真理はない」という言葉は、100%間違いないと断言したときに、反論として使われたりします。確かに現実世界の出来事は、いろんな状況がからまりあって、予測できないことがたくさんあります。しかし、100%の確実なことはあり得ないのでしょうか? いま僕は手に鉄の玉を持っています。今僕が手を離すと鉄の玉は「絶対に」下に落ちると、僕は断言できます。「手を離すと鉄の玉は下に落ちる」というのを、無重力空間に適用しようとすると、「絶対的真理」とはいえませんが、地上である限り100%確信できます。このように100%の確実なことは現に存在します。
極端な状況の例を出して、法則性を否定したりすることは、日常の論理でよくあることです。例えば、「犯罪の背景には貧困が影響することが多い」と誰かが言うと、かならず誰かは「私の知っている人で、貧しいけれど立派な人や出世した人がたくさんいますよ」と言ったりします。前者は統計的な法則性を言っているのに、後者は個別の事例の話をしています。個別の例外があることにより、統計的法則性がないことにはなりません。
少し話がそれたかも知れません。要するに真理とされる事項には、必ず適用できる条件とできない条件があるという意味で「相対的」であるということが、「絶対的真理はない」ということの意味ではないでしょうか。そして相対的真理にせよ「絶対的」に正しいという状況があることにより、「絶対的真理はない」ということも条件付きであるということで、「絶対的真理」ではないといえるのかも知れません。
そもそも絶対的真理とはどういう意味なのでしょう。哲学事典をみてみると、「相対的真理に対する。弁証法的真理観では、相対的真理の過程が絶対的真理への無限の近似とみなされる。」というようなことが書いてあります。わかるようでよくわからないような気もします。
「絶対的真理はない」ということは、真理はないということなのでしょうか?もしそうなら、すべての学問は何のためにあるのでしょう。それとも絶対的真理はないが、相対的真理はあるということなのでしょうか。相対的真理とはどういうことでしょうか。
ニュートンが力学を打建ててから300年も経ちますが、いまでもニュートン力学は高校や大学の物理で教えられています。相対性理論や量子論などにより、ニュートン力学が適用できない状況もあることが明らかになっていますが、だからといって真理でなくなったわけではありません。いまでも人工衛星の軌道はニュートン力学で計算されています。
「絶対的真理はない」ということをニュートン力学に当てはめれば、光速に近い運動をするものや、素粒子の運動には、ニュートン力学は適用できないという意味で「絶対的真理ではない」ということでしょう。適用できない状況を除いては(これが相対的ということでしょうか)、真理であるといっても問題はないでしょう。
「絶対的真理はない」という言葉は、100%間違いないと断言したときに、反論として使われたりします。確かに現実世界の出来事は、いろんな状況がからまりあって、予測できないことがたくさんあります。しかし、100%の確実なことはあり得ないのでしょうか? いま僕は手に鉄の玉を持っています。今僕が手を離すと鉄の玉は「絶対に」下に落ちると、僕は断言できます。「手を離すと鉄の玉は下に落ちる」というのを、無重力空間に適用しようとすると、「絶対的真理」とはいえませんが、地上である限り100%確信できます。このように100%の確実なことは現に存在します。
極端な状況の例を出して、法則性を否定したりすることは、日常の論理でよくあることです。例えば、「犯罪の背景には貧困が影響することが多い」と誰かが言うと、かならず誰かは「私の知っている人で、貧しいけれど立派な人や出世した人がたくさんいますよ」と言ったりします。前者は統計的な法則性を言っているのに、後者は個別の事例の話をしています。個別の例外があることにより、統計的法則性がないことにはなりません。
少し話がそれたかも知れません。要するに真理とされる事項には、必ず適用できる条件とできない条件があるという意味で「相対的」であるということが、「絶対的真理はない」ということの意味ではないでしょうか。そして相対的真理にせよ「絶対的」に正しいという状況があることにより、「絶対的真理はない」ということも条件付きであるということで、「絶対的真理」ではないといえるのかも知れません。