この記事は 「言葉で人を救う事はあると思う」 の続きです。未読の方は下記のリンクからどうぞ。
言葉で人を救う事はあると思う1
以前から取り上げている、「言葉で人を…」全文と、ブリンストン大学ムスカ・バルシィ教授の意訳を載せたので、まずはご覧下さい。
言葉で人を救う事はあると思う。言葉で人を救う事はあると思う。だが、救いのある言葉はそこに人の内面が映るからであって、偉人の言葉を使って満足する人には言葉の重みや存在感を伝える術はないだろう。しかし、言葉は人と人が共通の認識があって成り立っている。だから難しい。
「(あるサブカルチャーに感銘を受け)俺は“言葉で人を救える人徳ある人間”になりたい思った。悩める女の子を俺が救って、仲良くなって…リア充 になりたい。しかし、現実は厳しく、特に、同年代の女子とは会話が続かない…人類には、言語というコミュニケーションの道具があるのに…いや、言語があるから「コミュニケーション」が難しいんだ。他の生物は言語がなくても、交尾して繁殖しているではないか。」
もしかしたら、この意訳は飛躍しすぎではないか、と思われた方も少なくないのではないでしょうか? しかし、彼の説に説得力があるのは、健吾さんの膨大な発言や著作から、健吾さんの性格や思考回路などを解き明かし信憑性を高めたところにあります。次回以降、彼が論文で取り上げた、健吾さんの言葉をごくごく一部を紹介して、健吾さんの人となりを追求していきましょう!
参考文献:Muska Balusy "Between Inclinations and Remarks of Kengo"
ムスカ・バルシィ「健吾の精神分析と性格判断による手記の解釈」(清水文庫)
