自己責任とは『自分の判断がもたらした結果に対して自らが負う責任』と広辞苑にある。
政府が退避勧告を出している危険地域に自らの判断で出かけたのだからその結果に対して責任を負うというのは当たり前のことである。
しかし、自己責任論者のいう自己責任の意味がよくわからない。要するに安田純平氏を救助すべきではないということか。
例えば、制限時速80㎞の高速道路を時速100㎞で走り重大事故を起こしたとする。この事
故は明らかに交通違反を犯すという『自己の判断がもたらした結果』である。では救急隊は
巻き込まれた人は助けても事故を起こした人は助けなくていいのか。そのような救急隊員は世界のどこをさがしてもいないであろう(注;退避勧告は強制ではないが速度違反は道交法
違反である)。
自己責任と救助とは全く次元の異なる事柄である。同列に論じることはできない。
海外の邦人の保護は政府の責務である。これは世界の常識である。
あるいは自己責任論者は、安田純平氏がかつて自己責任について政府を批判したこと
に立腹しているのであろうか。
これならわからなくもない。
なぜなら、都議選の応援演説で「安倍帰れ」コールに対し、安倍首相が発した言葉、
「こんな人たちに負けるわけにはいかない」
自分に反対する人たちを『こんな人たち』と称して敵視する、言い換えれば非国民とみなし
ているのは明らかである。
自己責任論者は、首相と同様の観点から、安倍首相の応援団として、安田純平氏を首相
の敵とみなして非難しているのであろうか。それなら理解できなくもない。
しかし全くばかげたことだ。
それにしても前述の首相の発言は、首相としての資質を欠いた発言としかいいようがない。自分に賛成しようが反対しようが首相たる者等しく国民を保護する責務がある。それがトップというものである。
ところで、広辞苑には、責任とは『人が引き受けてなすべき任務』とある。
安田純平氏の『任務』とは何か。
シリアの人々の現状、及び自らの体験を世界に発信することである。これこそが安田純
平氏のジャーナリストとしての『自己責任』である。
世の中には批判精神・反骨精神のかけらもなく、首相の会食に招待されたとたん政府の
代弁者に成り下がるジャーナリストのなんと多いことか。
チコちゃんに叱られるぞ!