バイト中に会計をしていて
レジに両手をついて
身を乗り出してくるお客さんが苦手です

わたしはそれが気持ち悪くて小股で2歩下がります

レジの台はわたしとお客さんを隔てる境界線です
その境界線に身を乗り出してこられると
わたしはとても
とても息がつまります

近いんです
きもちわるいんです

それがおじいさんおばあさん
レジに手をついて
身を支える必要のある
お客さんであったり

人と人との物理的距離を
適切に測れない子供なら
仕方ないと思うのです

わたしが嫌だと思うのは
10代後半から20代後半のお客さんです

特にわたしのことを
よくも悪くも意識しているのが
手に取るようにわかる人だともうだめです
きもちわるい
近寄らないで
あなたの視界にわたしをいれないでとさえ
思ってしまうほどに

赤の他人との身体接触は
満員電車なら仕方ないと諦め
我慢できるのです

しかし接近する必要のない場面で
必要以上に接近されるのが
どうにも我慢なりません

吐き気がするのです
息がしづらいのです
嫌悪感を覚えるのです

大学の友人にも
やたらと距離を詰めてくる子がいて
わたしはそれがつらくて
その子と距離を置きたくなってしまいます

特別親しい友人なら大丈夫な距離でも
挨拶程度の友人には許せない距離なのです
わたしがその子とわたしの
適切な距離をとるために一歩下がると
その子はその一歩を詰めてくるのです

そんなときわたしの顔がひきつるのを感じます
やめて
離れて
そんなことを考えてしまいます

別にその子が嫌いなわけではありません
空気は読めませんが悪い子ではないのです

ただどうにも
わたしと適切な距離を
とってくれない人というのが苦手なのです

それはわたしの幼さが問題なのでしょうか









最近よく考えることといえばやはり今の時代に新しく子供を生産するべきではないということだ

最近の親は自分の子供がかわいくてかわいくて叱るということができない人が多いように思う
むしろ叱らないことがいい教育だと勘違いしているんだと思う
コンビニやファミレスで騒いでも暴れてもろくに叱らない
この間わたしのバイト先のコンビニに来た親子を例に挙げる
子供はまだ幼く、店内を走り回っていろんなものを触る
母親は優しい目で見守る
しかし店員目線で見るといまにも商品を破損させるんじゃないかとはらはらするような動きばかりだった
そしてついにその子供はレジに置いてあった「店内での携帯電話での通話はご遠慮ください」という立て札を落っことし割ってしまった
母親はわたしに「すみませーん」とにこにこしながらいうだけで子供を叱ろうとはしない
元気でいいわね、とでも思っているのか

叱られない子供は間違いをおかしてもそれが間違いだと教わらずに大人になる
人に迷惑をかけても平気な顔をしていられるような大人になってしまうことは想像に難くない
わたしは親に叱ってもらえない子供ほどかわいそうな子供はいないと考えているし
叱らないことが真に子供を可愛がることだとは微塵も思わない
自分の子供がかわいいならなおさら叱ってあげるべきだろう
我が子が間違いを間違いと思わずに成長し、社会から疎まれる大人になってほしいと願う親がいるわけがない
だからこそ叱るということが必要なのだ

子供に自由を与えたい
子供の意思を尊重したい
子供にのびのびと遊んでほしい
その考えは大変結構
間違ってはいない
しかしそれと叱らないこととはまったく別のことだ
叱らないことは可愛がることではなく、むしろ子供を大事にしていないことの現れだと思う
自分は子供を叱らない寛容な親だと感じ、自己満足に浸っているだけだ

叱られない子供が大人になり、周囲に迷惑をかけて社会から疎まれ非行に走る
目に見える道筋
狂った親の自己満足が自分の子供の人生を狂わせる
優しい親を演じることに自分の子供を利用しているだけだ

そして増えていく叱らない親、叱られない子供、狂った常識と価値観
そんな中に自分の子供を送り出したいとわたしはどうしても思えない
わたしには恋人がいて、彼は子供がほしいという
わたしも彼の子供がほしいと思う
しかしそんなのは自分のエゴで、そんな狂った環境に送り出される子供はたまったものじゃないだろう
それだけじゃない
わたしがいくら正しく育てようと試みても外からどんな影響を受けてくるかわからない
また、狂った中で正しくあるといじめの対象になりやすいだろう
そう考えるとやはり今の時代に子供を産むべきではないと思ってしまうのである


歪んだ子供が成長し形成していく社会もやはり歪んだものになるだろう
日本はどんどん情けなく恥ずかしい国になっていく
わたしは別に愛国心が特別強いわけではないが、つらく悲しいことだと思って日々胃を痛めている





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あたしは彼が期待する人物ではないし

彼だってあたしが期待する人物ではないのだから

彼があたしに費やす時間も

あたしが彼につきあう時間も

全くの無駄だと思うのです


彼が気に入っているあたしは

あたしから派生した猫かぶりの皮でしかなくて

それを本質とする人物など

存在していないのだから

彼があたしにそれを求めても

あたしがそれを彼に与えても

それはあたしではなくて


彼はそれとあたしの区別が付いていなくて

あたしを求めるつもりでそれを求めていて

だけどそれはあたしじゃないから

彼はいつまでも宙をかいて

無様に踊っているだけ