あたしの中で何が

問題なのかと問われれば

それは性格よりも

考え方にあるのだと思う


人並みの優しさや勤勉さは

兼ね備えているつもりだし

それなりの社交性も

備わっているはず

だからきっと性格に

問題はないのだと思う


だからきっと問題なのは頭の中

人を愛せないなんていったら大袈裟だけど

実際に誰かを好きになれるとは思えない


近づけば近づくほど

相手が人間であることに

がっかりするから

そしてあたしが相手の

思うとおりに慣れないことも

相手があたしに対し

あらぬ幻想や

理想を抱いて

あたしの人間的温度を

はかり違えていることも

わかっているから


あたしが冷酷さを隠して

普通の女子大生を演じているから

あたしの温度をはかり間違えてしまうのも

無理はないとは思うし

それもわかってる


問題はいつも

相手ではなくあたしの方にあるんだろう






















最近

自分が醜くなっていくのが

よくわかる

春休みはあまりに長くて

あたしに

一人で思考する

時間を与えすぎた


考えるほどに

あたしは腐り

醜くなる


でもあたしは自分の

醜さが嫌いじゃないし

むしろ気に入ってる


だって

醜いことは

賢いことと似てるから


ただね

春休みが終わって

学校で多くの人と

接して過ごす日々が戻ってきて


春休みの間に

前よりずっと醜くなったあたしと

醜くない友達の間にある

差というか

壁というか

そんなものを勝手に感じている


醜いあたしは

醜くない友達に

温度を合わせて

めんどくさいと思ってしまう


そして

めんどくさいと思うたび

あたしの温度調節は

間違っていないだろうかと

考えてしまう


あたしの保つべき温度が

どれくらいなのか

計り損ねてしまっては

いけないから


あたしはまた考える

考えて考えて醜くなる


醜くなる度にあたしは

その他大勢のくだらない

一部になるまいとして

感情の起伏を隠してしまう

人間らしさが欠落していってしまう


そのことに少なからず

焦りを感じていて

だけどこんなこと

誰にも話したくはないし

あたしの考え方や

思考パターンを

理解する人間なんて

いないのもわかっている


なによりあたしは

他人に理解されるなんてまっぴらだし

だいたい他人による理解っていうのは

あたしの主張を聞いた他人が

自分流に解釈し

自分が理解しやすいように

ねじ曲げられた曲解を導き出し

理解したと思い込んで

いるのにすぎないのだから

完璧な理解なんて

誰にも求められない


それは別に

この件に関してだけじゃない

他人が他人に

自分のパーソナリティーに

関わるようなことに関して

何かを伝えようとした場合に

必ず起こることだと思うし

だからそもそも

自分のことに関して

他人に理解を求めようとも思わない


話ずれたじゃない

まあ

だから

つまりね


どんどん醜くなっていくあたしと

いつまでも何処までも人間らしい

友人たちの間にあるであろう

温度差や見えない壁をものともせず

かといって

自分の醜さを失わないように

うまく調節しながら

生きて行けたらいいのにねって話




















春ですね

春って個人的に

色々なものが始まる季節ってことで

ポジティブになって

前に前に歩きだす感じの

イメージがあったんですけど


春といえば

卒業入学進級入社引越し

様々なことがあって

自分だけでなく

周りの環境も著しく変化し

あらゆる新奇場面に放り込まれる


いわば多大なるストレス状態の

元におかれる

季節だとも言えるわけです


そんなわけで

あたしもイライラしてる


別に嫌な事なんて何もないし

何の問題もなく日々を

過ごせているという点を

重要視するならば

あたしはいま

とても上手く

生きていると思う


固定の友達が複数いて

馴れ合いとは判っていても

虚しさの内

孤独に明け暮れる

こともなければ

寂しさを感じることもない


学校でもバイト先でも家庭内でも

それが嘘でもホントでも

笑顔を作って他人と

接することができるのは

人間として健全であると思うし


いや

今はそんなことはどうでもいい

とりあえず

安定した生活を送っているあたしも

春という季節に移行した

世間において

いくつかの新奇場面を体験し

ある程度のストレスを感じている


大学では学年が変わり

時間割も変わり

バイト先には

見慣れないお客さんが

多く来るようになったり


細かい新奇場面の積み重ねが

多大なるストレスの元となる


だから

春の気候に浮かれ

新生活に浮かれ

新しい環境に希望を持って

ポジティブな心持ちで

歩き出せるのは

せいぜい中学生くらいまでが

限界なんじゃないだろうか