philip8morrisさんのブログ -2ページ目
あたしの中で何が
問題なのかと問われれば
それは性格よりも
考え方にあるのだと思う
人並みの優しさや勤勉さは
兼ね備えているつもりだし
それなりの社交性も
備わっているはず
だからきっと性格に
問題はないのだと思う
だからきっと問題なのは頭の中
人を愛せないなんていったら大袈裟だけど
実際に誰かを好きになれるとは思えない
近づけば近づくほど
相手が人間であることに
がっかりするから
そしてあたしが相手の
思うとおりに慣れないことも
相手があたしに対し
あらぬ幻想や
理想を抱いて
あたしの人間的温度を
はかり違えていることも
わかっているから
あたしが冷酷さを隠して
普通の女子大生を演じているから
あたしの温度をはかり間違えてしまうのも
無理はないとは思うし
それもわかってる
問題はいつも
相手ではなくあたしの方にあるんだろう
最近
自分が醜くなっていくのが
よくわかる
春休みはあまりに長くて
あたしに
一人で思考する
時間を与えすぎた
考えるほどに
あたしは腐り
醜くなる
でもあたしは自分の
醜さが嫌いじゃないし
むしろ気に入ってる
だって
醜いことは
賢いことと似てるから
ただね
春休みが終わって
学校で多くの人と
接して過ごす日々が戻ってきて
春休みの間に
前よりずっと醜くなったあたしと
醜くない友達の間にある
差というか
壁というか
そんなものを勝手に感じている
醜いあたしは
醜くない友達に
温度を合わせて
めんどくさいと思ってしまう
そして
めんどくさいと思うたび
あたしの温度調節は
間違っていないだろうかと
考えてしまう
あたしの保つべき温度が
どれくらいなのか
計り損ねてしまっては
いけないから
あたしはまた考える
考えて考えて醜くなる
醜くなる度にあたしは
その他大勢のくだらない
一部になるまいとして
感情の起伏を隠してしまう
人間らしさが欠落していってしまう
そのことに少なからず
焦りを感じていて
だけどこんなこと
誰にも話したくはないし
あたしの考え方や
思考パターンを
理解する人間なんて
いないのもわかっている
なによりあたしは
他人に理解されるなんてまっぴらだし
だいたい他人による理解っていうのは
あたしの主張を聞いた他人が
自分流に解釈し
自分が理解しやすいように
ねじ曲げられた曲解を導き出し
理解したと思い込んで
いるのにすぎないのだから
完璧な理解なんて
誰にも求められない
それは別に
この件に関してだけじゃない
他人が他人に
自分のパーソナリティーに
関わるようなことに関して
何かを伝えようとした場合に
必ず起こることだと思うし
だからそもそも
自分のことに関して
他人に理解を求めようとも思わない
話ずれたじゃない
まあ
だから
つまりね
どんどん醜くなっていくあたしと
いつまでも何処までも人間らしい
友人たちの間にあるであろう
温度差や見えない壁をものともせず
かといって
自分の醜さを失わないように
うまく調節しながら
生きて行けたらいいのにねって話
春ですね
春って個人的に
色々なものが始まる季節ってことで
ポジティブになって
前に前に歩きだす感じの
イメージがあったんですけど
春といえば
卒業入学進級入社引越し
様々なことがあって
自分だけでなく
周りの環境も著しく変化し
あらゆる新奇場面に放り込まれる
いわば多大なるストレス状態の
元におかれる
季節だとも言えるわけです
そんなわけで
あたしもイライラしてる
別に嫌な事なんて何もないし
何の問題もなく日々を
過ごせているという点を
重要視するならば
あたしはいま
とても上手く
生きていると思う
固定の友達が複数いて
馴れ合いとは判っていても
虚しさの内
孤独に明け暮れる
こともなければ
寂しさを感じることもない
学校でもバイト先でも家庭内でも
それが嘘でもホントでも
笑顔を作って他人と
接することができるのは
人間として健全であると思うし
いや
今はそんなことはどうでもいい
とりあえず
安定した生活を送っているあたしも
春という季節に移行した
世間において
いくつかの新奇場面を体験し
ある程度のストレスを感じている
大学では学年が変わり
時間割も変わり
バイト先には
見慣れないお客さんが
多く来るようになったり
細かい新奇場面の積み重ねが
多大なるストレスの元となる
だから
春の気候に浮かれ
新生活に浮かれ
新しい環境に希望を持って
ポジティブな心持ちで
歩き出せるのは
せいぜい中学生くらいまでが
限界なんじゃないだろうか

