「まぁ、なんだ。とりあえず座れよ。」
少女は対面にある同じ形をしたソファを差し出した。
神綺はそれに従い、少女の真向かいに座った。
「なぜあんたがここにいるんだい?」
「さぁな、おまえさんが一番知っていることじゃないのか?」
自分の夢のことだから自分で考えろってか。
「それよりも、おまえさんはここでのんびりしてていいのか?」
「なんのことだい?」
「まぁ、いいや。そういや名乗ってなかったっけか?私は霧雨魔理沙だ。」
どうも会話が噛み合わない。何が言いたいんだろうか。
「神綺だ。もう知ってると思うけど。」
「ああ、よろしくな。」
適当に自己紹介を済ませ、神綺は部屋を見渡した。何もない、無機質な空間が広がっている。
「しかしここは面白いな。」
「なにが?」
何もない空間が面白いとは、魔理沙といったこの少女は感性がおかしいのだろうか。
「こんなものがごろごろしてるんだぜ?それともおまえさんには違う風景が見えているのか?」
そう言うと、魔理沙はどこから取り出したのか先程のグリモワールを抱えていた。
「それは・・・・・・」
ガチャ
と神綺が口を開いた直後に、背後から物音がした。
振り向くと、神綺から見て右側の壁際のやや離れたところに成長した姿のアリスが立っていた。
アリスは通り抜けたドアを後ろ手に閉め、まっすぐ、あらぬ方向へと歩き始めた。
「・・・・・・アリス?」
「…………」
とっさに呼びかけたが、返事はなかった。初めて出会った時のような虚ろな瞳のまま、ただ前へと歩き続けている。
そのうちにアリスは立ち止まって右手を前にかざした。すると、最初からそこにあったかのように扉が現れ、アリスはそれをまた通り抜けて行った。
「いいのか?このまま放っておいて?」
「なにがだい?」
「それともおまえさんはこれは夢だから、自分の中だけで完結される映像なだけだから、といってあいつから逃げるつもりかい?」
「何を言って・・・・・・」
目の前の少女は、そこにいる理由を聞いたとき、神綺自身が一番知っていると答えた。夢なのだからと。
しかし、彼女は神綺の知らない『霧雨魔理沙』という名を名乗った。
それだけじゃない。アリスとの会話も記憶にないことだ。
「気づいたか?」
「・・・・・・いまいちわからない。」
「あ~?」
尋常でない何かがあると、何となくそういうことはわかった。
「何が事実だったんだ?あのアリスはいったいどこへ向かっているんだ?」
「そんなの私の知ったことじゃない。ただ―――」
よっこらせ、と魔理沙はソファから立ち上がり、アリスの消えた方向を指差して言った。
「アリスは深~い眠りに堕ちている。いつ覚めるともしれない、な。」
何者かの意志が介在してるのか、はたまた本当にただの夢なのか、判断はし難いがとりあえずやるべきであろうことはわかった。
「最後に一つ聞いていいかい?」
「なんだ?」
「あんたはいったい何者だい?」
「私は普通の魔法使いだぜ。」
「あぁ、そうかい。」
神綺は走り出し、アリスの消えた扉をくぐり抜けた。するとまた真っ白な光景が広がった。
ふと、バタン、と扉を閉める音が聞こえた。神綺はその音源のほうに扉を見つけ、走り寄った。
5つ目の扉を抜けると、今までの真っ白な部屋とは一線を画した、やや暗い部屋に出た。
「アリス!」
アリスはやや離れたところにいた。先程と変わらずにゆっくりと歩き続けている。
ただ、身体の半分近くを何か、黒い塊に埋めていた。
この部屋を暗くしている要因であろう黒い塊は天井いっぱいに広がっており、床、壁、天井の長方形をくっきり映し出していた。
アリスはさらにその塊に入り込もうとするように前へと進み続ける。
「ほぅら、急がないと大変なことになるんじゃないか?」
不意に、背後から声をかけられた。
首だけ振り向くと、いつの間に追いつかれたのか魔理沙が立っていた。
「早くしないと―――」
魔理沙は帽子を脱いだ。その瞬間、まるで手品のようにその顔は見慣れたものへと変わった。
「―――もう助かりませんよ?神綺さま。」
「いったい何の冗談だい?なんのために・・・・・・」
「そんなことを話している暇はないんじゃなくて?」
神綺は従者に真意を質そうとしたが、アリスはもう黒い塊に飲み込まれ、姿が見えなくなってしまった。
「・・・・・・っ!」
「さあ、どうするの?」
少女は挑戦的な眼差しで神綺を眺めている。
神綺は神綺は一瞬彼女を睨みつけ、前へと向き直った。
そして、走り出す。黒い塊へと。
「アリス!」
深い闇の中に、一つの空間が広がっている。
あちこちに綻びが見られるものの、創造主の強い魔力によって危ういながらも空間として固定されている。
その中心には、天蓋付きの豪華なベッドがあり、銀髪の美しい女性が眠っている。
彼女の従者と思しき少女が眠りに就いている主の身回りを整え、一歩引いて一礼した。
「おやすみなさい、神綺さま。」
少女は踵を返し、歩き出した。
「よい夢を。」
そう言い残し、名に夢を冠する少女は永い廊下を渡っていった。