臨床心理士をめざしている「私」を語るということで、まず私がどういう生まれでどんなことを考えて育ったかをお話しします。そしてどうして臨床心理士をめざすことになったかを綴りたいと思います。
 私は医師の父と専業主婦の母の間に生まれました。私の2歳半上の姉がいて4人家族でした。私が3歳の時に父が医院を開業して母も受付を手伝っていたので、小さい頃は自宅と繋がった廊下に座ってそこから見える薬の瓶を眺めながら父や母を待っていました。子どもの頃から病気の人を治すことが第一優先で待たなければいけないことを知っていたのかもしれません。姉は医者になって父の医院を継ぐのだと主張していましたが、私は歌やピアノや楽しいことが好きで医者になりたいと思ったことはありませんでした。それでも中学受験の時に、姉と同じ学校には入れないことがわかり、母が私に薬剤師になるために武庫川中学に行くことをすすめて、そうすることに決めました。その時は入れる私立があるのなら、それでいいと考えていました。
 中学生の私は入学時に成績が優秀だったため、そんなに努力しなくてもよいと考えていました。薬学部なんて行きたくなかったし、好きな音楽を聞いたりピアノの練習をしたりすることが好きでした。あっという間に成績はトップから落ちていき、中学3年の進路希望に両親が「薬学部」と書いたのに「音楽学部」と付け足して提出していました。懇談会でそれが父にみつかり、成績もさがったしピアノレッスンはやめさせられ、薬学部に行くためにちゃんと勉強するように注意を受けました。勉強は嫌いではなかったので、苦手な数学と化学に力を入れて勉強しました。休日も友達と遊びに行くことも禁止されていたので、家で本を読んでいました。
特に外国文学に憧れて、トルストイやヘッセ、ミングウエイ、サガンなどの小説を読みふけっていました。
 そして大学は推薦で武庫川女子大学の薬学部に入るころができ、卒業して薬剤師の資格を取得しました。就職は阪大医学部の研究室補助をして、薬剤師とは関係のない仕事につきました。それから結婚を経て、薬局薬剤師として働き始めました。子どもが小さいときは薬剤師のパートと家庭の両立で、お金を得る為だけに働いていたと思います。ここでは理由は述べませんが離婚して実家近くにたった一人で戻り、今の薬局経営する会社に就職しました。
 第2の人生を歩み始めた私は、仕事だけが私に与えられた生きる道のように感じながら、一生懸命働きました。薬剤師としての必要な研修会にも参加し、薬剤師としての業務もよりよくするように常に考えました。そしてそれが認められて、ある心療内科の近くに薬局を立ち上げることになり、その店の管理薬剤師を任されることになったのです。精神科医を訪ねて、開局のためのご相談にうかがうと、「心を病んだ患者さんは、とてもしんどいのです。だから、とにかく優しくしてあげてください」と言われました。そのアドバイスから、プライバシーを守るような個別のブース制の店内にして、ピンクや白を基調としたつくりのテーブルと椅子をおき、そこには花をかざりました。患者さんが来られたら、そのブースへ薬剤師がご案内してそこでお薬ができるまで寛いで頂き、薬の準備ができたらまた薬剤師がそのブースまで行って対面で薬の説明をするという新しいシステムでした。これは来局する患者さんにとても好評でした。
 ここでただ一つ、私がどうしても納得いかなかったことがありました。精神科医からは「薬剤師さんはカウンセリングを一切しないでほしい。お薬の説明とそれの質問だけに答えてください」という厳しい注意を受けていました。ですから、毎回、顔を合わせてはいるけれど、薬の確認と説明をしたあとは「何かお薬でお困りのことはないですか?」と判で押したような言葉を繰り返していました。もちろん、患者さん本人からいろいろと今日の気持ちや悩みを打ち明けてくることはあります。それはただただ、傾聴するだけでした。統合失調症やうつなどの患者さんは薬が必要なことはわかりますが、不安が強くて眠れないとか、様々な悩みをかかえて不安が強い人など、果たして安定剤や睡眠剤を飲んで、それに一生頼って生きていかなければならないことに疑問を感じていたのです。薬には依存性があります。薬を飲まずに治せる方法はないのだろうか。特に自閉症や不登校の子どもに、抗うつ剤や安定剤が処方されていることもその影響が心配になっていました。カウンセリングやセラピーで治すことはできないのだろうかと考えるようになっていました。
 一方で会社が薬局だけでなく、障害児のための放課後児童デイサービスをはじめることになりました。スタッフは保育士や介護士、教職の免許をもつ者たちですが、特に発達障害児について詳しいわけではありません。様々な研修会に参加して、子どもたちへの対応を勉強していました。ある時、発達障害児の診察をしている小児科医とお会いした時に、こうおっしゃいました。「私たちは子どもの状態をご家族とお話しして、ちょっとしたアドバイスをすることと、必要なお薬を処方することしかできません。あとは臨床心理士さんにお任せしています。」と。その時、初めて臨床心理士の重要性を感じました。臨床心理士について調べると、大学で心理学全般を学び、さらに大学院で臨床心理を学んだ者が、臨床心理士の受験資格を与えられること。そして実際、その資格をとればカウンセリングやセラピー、心理テストなどができること。
 私は落雷にうたれたように、それから必死で臨床心理士になれる方法を調べました。そうしながら、自分は人の心の問題にとりくむ心の専門家になりたいのだと確信しました。それから2年、仕事をしながら心理学を勉強し、この大学院に入ることができました。
 私は、大学院で今臨床心理学を学びながら、児童養護施設でのセラピーに通いながら、人の心の動きがいかに繊細であるか、そして人と人との関係性の大切さを感じています。そしてプレイセラピーでは自分という者の弱さを感じます。こんなにも自分は嫌われたくなくて、こんなにも自分は相手を受け止めきれない弱い人間なのだと。これから臨床心理を経験しながら、「私」をよく知り、「私」を変化・向上させていきたいと思います。