【秘】 なるべく赤裸々に書きたい…(*^_^*;) 【恥】 -2ページ目

【秘】 なるべく赤裸々に書きたい…(*^_^*;) 【恥】

哲才も文才もない。かといって、大きな負の重荷があるわけでもない。けれども考えたり書くことが好き……なプチへんたい(♂)の随想録。ツッコミ大歓迎♪

素知らぬ顔で通り過ぎてしまった……。


I went past pretending not to recognize her. (素知らぬ振りをして彼女の脇を通り過ぎて行った。)


I 「cut her [ignored her/pretended not to know her] when I passed her. (擦れ違ったとき私は素知らぬ顔をして行ってしまった。)



通り過ぎた後、野宮朋美(井上雄彦『リアル』の主人公)の名セリフを想起する。

「いつかどこかで出会ったときに、俯いて避けたくないから」。


だから、俯かなかった。

だけど、避けていた。


「次」があるかどうかは、わからない。


だけど、「次」があるなら、声をかけよう。

できれば、爽やかでフレンドリーな笑顔で。。



*素知らぬ顔で
(作詞・作曲:下等游民)


二万人が訪れる駅の脇に
大手チェーンの中華がある
栗の林と曇った池に
最後の風を喫【す】いに来た

僕は今日から変わるんだから
いい子ぶってた思い出は捨てる
お別れなんてまだしたくない
けれど今日まで流されて

素知らぬ顔で擦れ違ったら
イヤなヤツだと怒ってもいい
素知らぬ顔で擦れ違ったら
好きなだけ嗤って


蒸し蒸ししたこんな夜だから
石●井●前歩道橋で勃つ
ドアの凹んだ白いBMが
下を潜ってゆかないか

幾人ものシングルが昔
抜かれたり抜かれたり走った
今の相手はヤバイ仕事と
静かな夢を持った人

素知らぬ顔で擦れ違うなら
二度と会えない方がいいかな
素知らぬ顔で擦れ違うなら
それまでだった戀

素知らぬ顔で擦れ違ったら
イヤなヤツだと怒ってもいい
素知らぬ顔で擦れ違ったら
好きなだけ嗤って


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*よそゆき顔で (ユーミン『時のないホテル』所収)


砂埃りの舞う道のわきに
小さなガソリンスタンドがある
松の林と曇った海に
最後の風を喫【す】いに来た

私は明日から変わるんだから
悪ぶってた思い出は捨てる
結婚なんてまだしたくない
けれど今日まで流されて

よそゆき顔ですれちがったら
いやなやつだとおこってもいい
よそゆき顔ですれちがったら
すきなだけ笑って


砂埃りの舞うこんな日だから
観音崎の歩道橋に立つ
ドアのへこんだ白いセリカが
下をくぐってゆかないか

いく人かのカップルで昔
追い越したり抜かれたり走った
今の相手はかたい仕事と
静かな夢を持った人

よそゆき顔ですれちがうなら
二度と会えない方がいいのね
よそゆき顔ですれちがうなら
それまでだった恋

よそゆき顔ですれちがったら
いやなやつだとおこってもいい
よそゆき顔ですれちがったら
すきなだけ笑って


YouTube - 松任谷由実 よそゆき顔で:http://ameblo.jp/atsuko-maeda/entry-10310116618.html

某所で哲學を學ぶ者たちの集まりがあったので、顔を出してみた。お題は、性愛論。

大きな主題なので、細かいところを穿(ほじく)り出すような哲學的議論は時間的に無理。

とはいえ、面白かった。


ただ残念なことは結婚を経験した者が、思った以上に少なかったこと。

東京では、20代で結婚してない者は全然珍しくないから、それはいいとして、30代・40代でも結婚していない者が思った以上に多いことを改めて感じた。


もちろん、性愛論は誰にでもできる。

別に「結婚」や「恋愛」を経験してなければ、語る資格のない話ではない。

何事も経験者が「真理」を摑み、未経験者が摑めないというわけでは、ない。


とはいえ、論考を深めるためにも、経験者がもう少しいたほうがよいように思った。


でも…経験者が未経験者に経験を話す……みたいな展開じゃ、ツマランか。

「経験してからモノを言え!」みたいになっちゃったら、よくないよな。


それにしても、哲學って、恋愛や性愛や結婚とは縁遠いモノなんだろうか?

性愛を哲學する人は、思考経験に比べ、実践経験が少ないような印象がある。

SEXや風俗や恋愛や結婚について、「哲學する実践者」「実践する哲学者」がもっといてほしいと思う。

馳は、「軽井沢」という「爽やかな土地」でも「どろどろとした物語」を描いているという。


僕は「どろどろとした物語」を読めても、書くのは苦手だ。

というか、書けない。


潜在的に、負を纏ってしまうのを恐れているからだろうか。


だが、書いてみたい。

そういう負の面を真正面から描かぬことには、人間も世界もしっかりと捉えられないと思うから。



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*転覆者と皮肉な末路

*馳星周さん オウム事件題材に新作


……ノワール小説を代表する書き手である馳星周さんの作品では、バブル期以降の犯罪が大きな役割を果たしてきた。

「何でこんな世の中になってしまったのか、と考えると、すぐに思考停止してしまう日本の社会のあり方が原因に思えてきました。オレの創造したオウム事件はこうだと提示することで、間違ってもいいから考えろ、想像しろと投げかけたのです」


警官から政治家までも巻き込む陰謀を描く馳流のオウム事件解釈は、戯画化されているところがありながらも切実さがある。「現実と虚構をどうすり合わせて、物語の推進力を保つかに苦労しました。教団は当時の社会の縮図です。真理を求めて入信するといっても、バブル社会と同じく、お手軽・お気軽な商品となった“解脱”を求めていただけだと思います」


・・・…今回の作品でノワールの手法と現代の犯罪の相性の良さも示した。「最近の事件は暴発型が多くて、動機を推理する余地がありません。ノワール小説では、なぜ人を刺したかではなく、どのように刺すに至るのかが描けます」


・・・・・・「作家は世間を挑発してなんぼだと思っていますから」

(加藤修)(朝日新聞 2009/7/11)