今、コーヒーを入れに居間に行った。(シャレではないです・・。)

台所にいたお袋が、「また見つかってん。」と行って自分の携帯を開き出した。

「何が見つかったんや?」と僕。

「愛、愛が!」とお袋。

「動画また残ってたん!?」との僕の問いにお袋は無言で頷いた。

僕は、テンションが上がった。

我が家の家族であった猫の『愛』は、22年も居てくれたにも関わらず、写真はあるものの動画がほとんどなかった。
だが今年に入り、お袋の携帯に餌を必死で食べる愛の短い動画が見つかった。
家族全員が『愛の置土産』として、懐かしみながら大事にしている宝物の動画となった。

それが残っていただけでも”奇跡”だと思った。
なのに、まだ残っていたとは・・・・。

「これ、これ見てみぃ。携帯の本体に保存されててん。」
お袋は、自分の携帯を僕の方に差し出した。

それは、愛が亡くなるちょうど1年くらい前に撮影されたものだった。
撮影されたのは、玄関前でリードにつながれて家の中に入りたがってウロウロしている『愛』の姿だった。

愛は、よく玄関の外にある笹の葉を食べて、毛玉を出していた。
その時、逃亡しないように首輪にリードを取り付けて、毛玉を出すまでよく玄関に”放置”していた(^_^;)
我が家では当たり前だったその日常が、携帯の動画を通して鮮明に蘇える。
本当に当たり前の日常が、今や『貴重で大切なあの日』となってしまった。

その動画は、『愛』がまるで僕に近寄ってくるかのようアップになってから少しして終わった。
一息ついて、僕はお袋に携帯を渡した。

 


「何か、落ち込んでいる時に『愛』が出てきてくれて癒してくれんのよね~」
とお袋は、もう一度その携帯の動画を見ながら静かに言った。
「ホンマ、罪作り猫やで~。今頃になって、チョコチョコ出てきてさ・・・。」
と言って僕は、愛の”仏壇”に飾っている彼女の写真を見た。

『やっぱり、お前は俺たちに忘れられる事が心配なんか?』
その僕の問いに『愛』は相変わらず何も答えてくれない。
でも、この動画ように彼女は何らかしらの答えを返してくれる。
それも突然・・・・。
『大丈夫や。みんな、お前の事は忘れへんで~。』
と僕はいつもそう『愛』に言ってる。家族としての絆が確かにあるから。



でも、本当は違うのかも。
『あんたらが凹んでるからなかなか成仏出来ひんのや~!!こっちが心配しとるんや!!』
そう思ってるかもしれない。

でも、どっちでもいい。
君は、今でも僕たちの側に居てくれている。
改めて『愛』のぬくもりを感じる事が出来たから・・・。
また、みんなの前に姿見せてよ。