裏車掌です。

 

週に1、2度

記事を更新できればと

考えております。

 

よろしくお願いします。

 

はじめに:無意識を操る「広告」の裏面史を紐解く

私たちが日々目にする広告。テレビCM、スマートフォンの画面に表示されるバナー、SNSのタイムラインに流れてくるおすすめの動画など、広告は私たちの日常にすっかり溶け込んでいます。

 

しかし、私たちはそれらの広告を「自らの意志で選んで見ている」と本当に言えるのでしょうか。

 

亀田真澄氏の著書『闇の広告史: プロパガンダからターゲティング広告まで』(平凡社新書)は、こうした素朴な疑問に対し、歴史的な事実と恐るべき実態をもって答えてくれる一冊です。

 

 

本書は、20世紀初頭のプロパガンダの誕生から、現代のスマートフォン社会におけるターゲティング広告に至るまで、広告がいかにして人間の「無意識」を操作し、社会を動かしてきたのかをスリリングに描き出しています。

 

本記事では、その魅力を各章のトピックに沿ってご紹介いたします。

 

 

 

 

現代広告の誕生:フロイト心理学とPRの融合

本書の第一章で大きな焦点が当てられているのが、「PR(パブリック・リレーションズ)の父」と呼ばれるエドワード・バーネイズです。

 

驚くべきことに、彼はかの有名な精神分析学者ジークムント・フロイトの甥でした。

 

バーネイズは叔父の「無意識」の理論を大衆操作に応用し、現代広告の礎を築き上げました。

 

 

象徴的なエピソードが、女性の喫煙率を高めるためのキャンペーンです。

 

当時、女性が公共の場でタバコを吸うことはタブー視されていました。

 

そこでバーネイズは、女性解放運動とタバコを結びつけ、タバコを「自由の松明」と名付けて女性たちにパレードを行わせました。

 

この結果、タバコは単なる嗜好品ではなく、「自立した女性の象徴」として消費されるようになったのです。

 

人々の「無意識」に働きかけ、社会の価値観ごと作り変えてしまうという、広告の恐るべきポテンシャルがここで証明されました。

 

 

 

広告とプロパガンダ:独裁者たちのブランディング

続く第二章では、広告と政治、そしてプロパガンダの密接な関係が明かされます。

 

バーネイズが確立した大衆操作の手法は、やがて国家によっても利用されるようになりました。

 

ヒトラーやスターリンといった独裁者たちは、自らの権力を確固たるものにするため、まさに現代で言うところの「ブランディング」の技術を駆使しました。

 

 

ラジオを通じた巧みな演説や、計算し尽くされたライブ・パフォーマンス、

 

さらには「歓喜力行団」のような大衆向けレジャーの提供など、彼らは人々を恐怖で支配するだけでなく、「幸せな国民」という幻想を与えることで熱狂を生み出しました。

 

また、戦時下の厳しい状況において、コカ・コーラがいかにして愛国心と結びつき、確固たるブランドを確立していったのかというエピソードも非常に興味深いものです。

 

広告とプロパガンダの違いは一体どこにあるのか。

 

著者の鋭い視点は、その境界線がいかに曖昧であるかを私たちに突きつけます。

 

 

 

「あなたらしさ」の作られ方:感情とジェンダーの操作

第三章では、広告が私たちの「アイデンティティ」や「感情」にどう介入してきたかが語られます。

 

現代社会において、私たちは「自分らしく生きる」ことを強く求められますが、実はその「あなたらしさ」さえも、広告によって巧妙に作られたものである可能性があります。

 

 

「感情商品(エモディティ)」という言葉が示すように、現代の広告は機能や品質ではなく、「癒し」や「羨望」といった感情そのものを売り物にしています。

 

また、アパレルブランドの「アバクロンビー&フィッチ」が行ったような「排他的マーケティング」は、あえて特定の層を排除することでブランドの魅力を高めるという手法です。

 

さらに本章では、「きれいなおねえさん」や「有害になった男らしさ」といったジェンダーのステレオタイプが、広告によっていかに再生産され、時には私たちの心に影響を及ぼしてきたのかが丁寧に紐解かれます。

 

私たちが抱く欲望の多くが、外部から植え付けられたものであることに気づかされる章です。

 

 

 

 

最適化される日常:監視資本主義とターゲティング広告

そして第四章で舞台は現代へと移り、デジタル社会における「ターゲティング広告」の脅威が描かれます。

 

かつての広告はマスメディアを通じて不特定多数に発信されていましたが、現在はアルゴリズムによって私たち一人ひとりの行動が常に監視され、個別に「最適化」された広告が配信されています。

 

 

著者はこれを「監視資本主義」や「テクノ封建制」といった言葉で表現しています。

 

ストリートビューから『ポケモンGO』に至る空間データの蓄積、Facebookによるユーザーの感情操作実験など、

 

巨大プラットフォーム企業がいかにして私たちを画面の前に釘付けにし、行動や感情を操作しているかが生々しく解説されています。

 

私たちの何気ない「いいね!」が社会を分断し、自らの思想を先鋭化させてしまう危険性。

 

便利さの裏側に潜むデジタル広告の「闇」は、決して他人事ではありません。

 

 

 

おわりに:私たちが「広告」から身を守るために

『闇の広告史』は、単なるビジネス書や歴史書ではありません。

 

私たちが無自覚に受け入れている「欲望」や「価値観」の出所を明らかにし、現代社会の構造そのものを問い直す、極めてスリリングなメディア論に仕上がっています。

 

 

広告の歴史を知ることは、自分自身の心の動きを知ることと同義です。

 

巧妙に進化を続けるプロパガンダやターゲティング広告の波に飲み込まれないためには、その手口を知り、高いリテラシーを身につけるしかありません。

 

「自分が本当に欲しいものは何なのか」「自分の意見は本当に自分のものなのか」。

 

そんな根源的な問いを抱かせてくれる本書は、情報化社会を生きるすべての現代人に強くおすすめしたい一冊です。

 

ぜひ手に取って、あなたの日常に潜む「広告の闇」を覗き込んでみてください。