裏車掌です。
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はじめに ― 不条理な時代を生き抜くための一冊
「あちらを立てればこちらが立たぬ」「真面目な人ほど疲弊する」――。
働く人であれば、誰しも一度はこうした感覚に陥ったことがあるのではないでしょうか。
本書『武器としての経営思考』は、まさにそうした不条理と不合理に満ちた現代を生き抜くための「経営学の思考法」を、平易な言葉で解き明かしてくれる一冊です。
ベストセラー『世界は経営でできている』で多くの読者を獲得した岩尾俊兵氏による渾身の新刊であり、
仕事や人生で判断に迷ったときの指針となる「意思決定の軸」を言語化してくれる、極めて実践的な書物となっています。
著者について ― 異色の経歴を持つ経営学者
著者の岩尾俊兵氏は、東京大学で初めて経営学博士号を取得し、現在は慶應義塾大学准教授を務めながら、上場企業の社長としても活躍する異色の経営学者です。
アカデミアの最先端に身を置きつつ、同時に経営の実務に携わる立場だからこそ語れる、理論と現場の往復運動がこの本の説得力を支えています。
机上の空論ではなく、かといって場当たり的な処世術でもない、両者を架橋する知の実践者による語りは、他の経営書とは一線を画す深みを備えています。
本書の核心 ― 「選択肢そのものを創造する」思考法
本書の最大の特徴は、従来の経営学が前提としてきた「トレードオフ(二者択一)」という発想そのものを問い直している点にあります。
あちらを立てればこちらが立たぬという状況に直面したとき、多くの人は与えられた選択肢の中からどちらかを選ばざるを得ないと考えがちです。
しかし岩尾氏は、そこで「選択肢そのものを創造する」という新しい道を提示します。
これは序章で紹介される「ヒト・モノ・コトの価値観の再発見」や「思考の土台となる三種の神器」といった概念とともに、本書全体を貫く中核的なメッセージとなっています。
構成の魅力 ― 各界プロフェッショナルとの対話
本書のもう一つの大きな魅力は、各界最高峰のプロフェッショナルとの対話形式で議論が展開される点にあります。
第一章では「ほぼ日」会長の糸井重里氏と「生きた言葉」をめぐって語り合い、日常的な「決断」の回数が人の資質を決めるという示唆深い指摘がなされます。
第二章では小説家の上田岳弘氏と「解釈」の力を論じ、文学が「主観の留め金」として機能することや、「カイシャ語」に秘められたポテンシャルが掘り下げられます。
異なる分野のトップランナーたちとの対話を通じて、経営思考がいかに広い射程を持つかが浮き彫りになっていきます。
印象的な論点 ― 「善意」「いき」「パラコンシステント」
第三章では、思想家であり合気道凱風館師範でもある内田樹氏と「善意」をテーマに語り合い、
「組織を救うのは制度から零れ落ちる善意である」という、効率化一辺倒の現代組織論へのアンチテーゼが提示されます。
第四章では、yutori代表取締役社長の片石貴展氏との対話を通じて、「言語化」の全能感が逆に生命力を弱めてしまうという、現代ビジネスパーソンにとって耳の痛い論点が展開されます。
第五章では文芸批評家の浜崎洋介氏と「いき」の構造を論じ、長期的にはギバーが成功をおさめるという視点が示されます。
そして第六章、NTT取締役会長の澤田純氏との対話では、二律背反を超える「パラコンシステント」の思想が紹介され、日本発の「新しい経営学」の可能性が力強く語られます。
知行合一 ― 経営とは人間の生き方である
本書の終着点となる第七章は、惜しくも鬼籍に入られた一橋大学名誉教授・野中郁次郎氏との対話に捧げられています。
知識創造理論で世界的に知られる野中氏との議論は、「経営とは人間の生き方である」「経営学に人間性を取り入れる」というテーマへと収斂していきます。
経営を単なる技術や手法としてではなく、人間存在そのものと不可分なものとして捉える視座は、本書全体の思想的到達点とも言える部分であり、読後に深い余韻を残します。
こんな方におすすめ
本書は、経営者やビジネスリーダーのみならず、職場での板挟みに悩む会社員、キャリアに迷う若手、さらには家庭やコミュニティでの意思決定に悩むすべての方におすすめできる一冊です。
「経営」という言葉を聞くと自分には縁遠いと感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし本書を読めば、経営とは実は人生のあらゆる場面に通底する普遍的な思考法であることが実感できるはずです。
おわりに ― 瀧本哲史へのオマージュとして
書名からも察せられる通り、本書は故・瀧本哲史氏の『武器としての〜』シリーズへのオマージュとして位置づけられています。
かつて若者たちに「自分の頭で考える武器」を手渡した瀧本氏の精神を受け継ぎながら、岩尾氏は新たな世代に向けて「経営思考」という武器を差し出しているのです。
不条理な時代だからこそ、与えられた選択肢に縛られず、自ら選択肢を創り出す力が求められています。
その第一歩として、本書を手に取ってみてはいかがでしょうか。


