裏車掌です。
週に1、2度、
記事を更新するつもりです。
木曜日の朝7時は
新書の紹介記事となります。
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よろしくお願いします。
私たちの日常に欠かせない「油」。
キッチンのサラダ油から、加工食品に含まれる植物油脂、かつて街を照らした灯明まで、油脂は常に人類の文明を支えてきました。
しかし、その背後にある壮大な歴史のドラマに思いを馳せることは稀でしょう。
赤嶺淳氏の著書『油脂で語る近現代: クジラとオランウータンをつなぐ糸』は、
一見無関係に見える「クジラ(捕鯨)」と「オランウータン(熱帯雨林)」を、「油脂」という一本の糸で結びつける野心的な一冊です。
油脂という視点から世界史を捉え直すことで、私たちが享受している豊かさの正体と、その代償として失われてきた環境の姿を鮮やかに描き出しています。
はじめに:なぜ「クジラ」と「オランウータン」なのか
本書のタイトルにある「クジラとオランウータンをつなぐ糸」とは、まさに人類が求めてきた「油脂」そのものです。
19世紀から20世紀半ばにかけて、人類はエネルギー源や石鹸、食用油脂の原料として、大海原のクジラを追い求めました。
しかし、クジラの資源が枯渇し、国際的な規制が強まると、人類はその代替源を陸、それも熱帯のジャングルに求めました。
それがアブラヤシから採れる「パーム油」です。
パーム油の生産拡大のために熱帯雨林が切り拓かれた結果、そこを住処とするオランウータンが絶滅の危機に瀕しています。
本書は、この「海の資源(クジラ)」から「陸の資源(パーム油)」への転換が、どのように近代という時代を形作ってきたのかを、膨大な史料とフィールドワークに基づいて解き明かしていきます。
第1部:光を求めた海、太平洋を拓く捕鯨の歴史
かつてクジラは、食料である以上に重要な「エネルギー源」でした。
第1部では、19世紀の太平洋を舞台に、灯火用の鯨油を求めて熾烈な競争を繰り広げた欧米諸国の姿が描かれます。
特に興味深いのは、日本開国の歴史が、実はアメリカ捕鯨船の「補給基地確保」という油脂戦略の一環であったという視点です。
ジョン万次郎の漂流と救出、そしてペリーの来航。
教科書で習うこれらの事件の背景には、日本近海(ジャパン・グラウンド)という豊かな捕鯨場を支配しようとする大国の思惑がありました。
アメリカだけでなく、イギリスもまた、アザラシ猟や捕鯨を通じて南半球へと進出し、勢力を拡大していきます。
海は単なる航路ではなく、油脂という「富」を生むフロンティアとして、帝国の境界線を押し広げる役割を果たしていたのです。
第2部:食糧資源としての鯨油と、南氷洋への進出
20世紀に入ると、化学技術の進歩によって油脂の用途は劇的に変化します。
水素添加技術によって液体の油を固形化できるようになり、鯨油はマーガリンやショートニングの原料として「食文化」に深く入り込むようになりました。
第2部では、舞台を南氷洋(南極海)へと移し、国家の「生命線」として組織化された近代捕鯨の時代が詳述されます。
日本においても、日産コンツェルンの創業者・鮎川義介による油脂戦略や、満洲との関わりの中で、捕鯨は国策産業として位置づけられました。
鯨油は、戦前・戦中・戦後を通じて、日本人の栄養を支える重要な「戦略物資」でした。
私たちが今、当たり前のように口にしている加工食品の源流には、極寒の海でクジラを追った巨大な捕鯨工船の影があるのです。
第3部:熱帯の森から届く「代わりの油」と環境問題
捕鯨への国際的な批判が高まり、資源が限界に達した20世紀後半、人類が目をつけたのがアブラヤシでした。
第3部では、「熱帯油糧作物革命」と呼ばれるパーム油の爆発的な普及が語られます。
安価で加工しやすいパーム油は、今や「目に見えない油」として、インスタントラーメンからスナック菓子、洗剤に至るまで、私たちの生活のあらゆる場所に存在しています。
しかし、その生産拠点である東南アジアでは、広大な熱帯雨林がプランテーションへと姿を変えました。
ここでクジラとオランウータンがつながります。
クジラを獲ることをやめた人類は、その代償としてオランウータンの住処を奪っているという皮肉な構造です。
著者は、この「油脂間競争」の帰結として、現代の環境問題が立ち現れていることを鋭く指摘します。
おわりに:食と環境をつなぐ「油脂リテラシー」の必要性
終章で著者は、私たち消費者に「油脂リテラシー」を持つことを促します。
健康に悪いとされるトランス脂肪酸の問題や、環境破壊につながるパーム油の使用など、油脂を巡る議論は複雑です。
しかし、大切なのは単に「特定のものを排除する」ことではありません。
自分が食べている油がどこから来て、どのような犠牲の上に成り立っているのか、その「因果関係の蜘蛛の網」を理解することです。
本書は、油脂という身近な存在を通じて、私たち一人ひとりが地球規模の循環の中に組み込まれていることを教えてくれます。


