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平城京の朱雀大路に風が吹き抜け、大陸からもたらされた文化と日本古来の風土が交わった奈良時代(710〜794年)。

 

律令制度のもとで国家の形が整えられたこの時代は、文学や仏教美術だけでなく、各地の地誌や食文化にも豊かな物語を残しています。

 

今回は、地誌『風土記』の世界をひもときながら、奈良時代に日本へ伝わったとされる「こんにゃく」や、公式文書に登場する「ひょうたん」の話題を通して、古代の人々の暮らしをたどってみましょう。

 

 

 

 

1. 地誌『風土記』が描く奈良時代の風景

奈良時代を語るうえで欠かせない書物のひとつが、713年に元明天皇の詔によって編纂が命じられた『風土記(ふどき)』です。

 

各国の地名の由来、土地の産物、伝承、地形などを国ごとに報告させたもので、いわば古代日本初の本格的な「地誌」と言えます。

 

 

現存するのは『出雲国風土記』『播磨国風土記』『常陸国風土記』『豊後国風土記』『肥前国風土記』の五つで、なかでも『出雲国風土記』はほぼ完全な形で残されており、当時の地理感覚や信仰、人々の生業をうかがい知る一級史料となっています。

 

山の名前ひとつ、川のひと曲がりにも神話的な物語が宿り、土地は単なる「場所」ではなく、神々と人とがともに歩む空間として記録されました。

 

 

たとえば『出雲国風土記』には「国引き神話」が語られ、八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)が他国の余った土地を綱で引き寄せて出雲を作ったと記されています。

 

地誌でありながら神話と一体となっているところに、古代日本人の世界観がよく表れていると言えるでしょう。

 

 

 

2. 奈良時代の食卓 ― 大陸文化と在来の知恵が出会う

奈良時代は、遣唐使を通じてもたらされた中国文化が花開いた時代でもありました。

 

仏教の浸透により肉食が控えられる一方、米、雑穀、海藻、魚介、野菜、そして発酵食品など、現代和食の原型となる食材が出そろい始めます。

 

 

貴族たちの食卓には「蘇(そ)」と呼ばれる乳製品や、塩漬け・干物の魚、麹を用いた発酵調味料が並びました。

 

庶民は粟や稗を主食とし、塩と簡素な汁物で日々を支えていたと考えられています。

 

地誌『風土記』にも、各地の特産品として鮎、鮒、海藻、栗、菌(きのこ)などが数多く登場し、土地ごとの食の豊かさを今に伝えています。

 

 

 

3. こんにゃくは奈良時代にやってきた? ― 仏教とともに渡ってきた不思議な食材

私たちの食卓にすっかり馴染んでいる「こんにゃく」。

 

その日本への伝来は、一般に奈良時代と伝えられています。

 

仏教伝来とともに、薬用・整腸食として中国から渡来したという説が有力で、当初は食用というより、僧侶たちが体内の砂を払う「砂下ろし」として珍重されました。

 

こんにゃく芋をすりおろし、灰汁(あく)で固めるという独特の加工法は、毒性のあるシュウ酸カルシウムを抜く高度な知恵でもありました。「食べられないものを食べられるようにする」その工夫こそ、古代人の探究心の証です。

 

ただし、奈良時代の段階では一般庶民が日常的にこんにゃくを食していた様子はなく、寺院や貴族の周辺で限定的に用いられていたと考えられています。

 

本格的に食文化の中に組み込まれていくのは、平安・鎌倉以降、精進料理の発達とともにのこと。

 

それでも、こんにゃくの“原点”が奈良の都にあったと想像すると、おでんの一片にも歴史の重みが感じられるのではないでしょうか。

 

 

 

 

4. 公式文書に登場する「ひょうたん」 ― 古代人の万能ツール

もうひとつ、奈良時代を象徴するユニークな存在が「ひょうたん(瓠・瓢)」です。

 

実はひょうたんは、縄文時代から日本に存在していたとされる、日本最古級の栽培植物のひとつ。

 

奈良時代になると、正倉院文書や『風土記』など、公式の記録の中にもしばしばその姿を現します。

 

 

水筒として、容器として、楽器として

中身をくり抜いて乾燥させたひょうたんは、水や酒を入れる容器として古代人の生活に欠かせない道具でした。

 

『万葉集』にも「瓠(ひさご)」を詠んだ歌が見られ、旅人が腰にぶら下げて歩く姿は、奈良時代の街道沿いではごく日常的な光景だったと考えられます。

 

 

地誌に刻まれた地名としてのひょうたん

さらに興味深いのは、『風土記』に「瓠」が地名の由来として登場する例があることです。

 

土地の形状がひょうたんに似ているから、あるいは伝承上の人物がひょうたんを置いたから――そんな素朴な命名感覚は、奈良時代の人々が身近な道具を通して世界を捉えていたことを物語ります。

 

 

正倉院に伝わる文書群の中にも、税物や献上品としてひょうたんが記載されている例があり、当時の人々にとってひょうたんが単なる雑器ではなく、価値ある資源であったことがうかがえます。

 

 

 

5. 地誌が今に伝えるもの ― 土地と食、暮らしの記憶

奈良時代の地誌は、ただ地理を記録するだけの書物ではありません。

 

そこには、土地に生きた人々の手触り、口にした味、信じた神々、そして使い古した道具たちの息づかいが詰まっています。

 

 

こんにゃくの一切れに大陸文化の波を感じ、ひょうたんの曲線に古代人の暮らしぶりを思う――そんな視点で奈良時代を眺めると、教科書の年号の向こうにある「人々の生活の温度」が、ふと立ち上がってくるように思えます。

 

 

次に奈良を訪れる機会があれば、東大寺や正倉院だけでなく、ぜひ博物館の片隅に展示された土器や木簡、そして食文化の資料にも目を向けてみてください。

 

1300年前の人々の暮らしが、きっとあなたに静かに語りかけてくれるはずです。

 

 

 

参考:『出雲国風土記』『常陸国風土記』『万葉集』、正倉院文書ほか