裏車掌です。
昨年から本(ほぼ新書)を紹介する
ブログになっております。
本の紹介記事は、
日曜日と木曜日の朝7時
更新となります。
よろしくお願いします。
はじめに:なぜ今、この本を読むべきなのか
「自分は何も悪いことをしていないのだから、逮捕されるはずがない」——多くの方がそう信じていらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、その「常識」が覆される日が、誰にでも訪れる可能性があるのです。
本書『おどろきの刑事司法 "犯罪者"の作り方』は、2009年の「郵便不正事件」で逮捕・起訴され、後に無罪が確定した元厚生労働事務次官・村木厚子氏による渾身の一冊です。
冤罪の当事者となった著者が、自らの体験と法制審議会での活動を通じて見た日本の刑事司法の実態を、市民の目線から克明に描いています。
有罪率99.9%という異常な数字
日本の刑事裁判における有罪率は99.9%に達しています。
この数字は、先進国の中でも突出して高い水準です。
かつては「日本の検察が優秀である証拠」と肯定的に語られてきましたが、果たして本当にそうなのでしょうか。
本書では、この驚異的な有罪率の裏側には、本来無罪となるべき事件や、そもそも無実の人々が有罪とされている現実があることを指摘しています。
検察が起訴した事件がほぼ確実に有罪になるという構造は、
裏を返せば、一度「被疑者」として狙いを定められた人間が無罪を勝ち取ることがいかに困難であるかを物語っているのです。
著者が体験した「人質司法」の恐怖
村木氏は2009年、障害者団体向け割引郵便制度を悪用した事件に関連して、虚偽有印公文書作成などの容疑で逮捕されました。
身に覚えのない罪での逮捕でした。
本書で詳述されているのは、「人質司法」と呼ばれる日本特有の問題です。
わずか約1分の勾留質問で、164日間もの長期勾留が認められました。
否認を続ける限り、いつまでも拘置所に閉じ込められる——これが日本の刑事司法の現実なのです。
さらに衝撃的なのは、供述調書が「検事の作文」によって作られていく過程です。
取り調べでは被疑者の言葉がそのまま記録されるのではなく、検察官の意図に沿った形で「翻訳」されていきます。
村木氏の事件では、最終的に検察官による証拠改竄という前代未聞の不祥事まで発覚しました。
歪んだ「ゲームのルール」の正体
本書の第一部では、刑事裁判における「ゲームのルール」がいかに被告人に不利に設計されているかを解き明かしています。
検察側は膨大な証拠を保有していますが、被告人側への証拠開示には消極的です。
弁護側は、どのような証拠が存在するのかさえ把握できないまま、法廷で戦わなければなりません。
これは、相手の手札が見えない状態で勝負を強いられるようなものです。
また、元裁判官の故・木谷明氏による「わが国の刑事裁判はかなり絶望的である」という言葉が紹介されています。
裁判官でさえそのように感じる現状は、私たち市民にとって決して他人事ではありません。
袴田事件が突きつける再審制度の問題
本書では、袴田事件を通じて再審制度の深刻な問題点も取り上げています。
冤罪が疑われる事件であっても、再審の扉を開くことは極めて困難です。
再審請求が認められるためには「新証拠」が必要とされますが、そもそも証拠は検察側が握っています。
冤罪被害者が真実を証明するための武器を手に入れること自体が、構造的に阻まれているのです。
袴田事件では、逮捕から再審無罪まで実に半世紀以上の歳月を要しました。
この事実は、現行制度の欠陥を如実に示しています。
明日はあなたも「犯罪者」に
本書の第二部では、より身近な冤罪のリスクについて警鐘を鳴らしています。
映画監督・周防正行氏の『それでもボクはやってない』で描かれた痴漢冤罪の問題は、映画公開後も解決されていません。
満員電車という日常の中で、誰もが「犯罪者」にされてしまう危険と隣り合わせなのです。
さらに近年では、一般の会社員が業務に関連して犯罪者に仕立て上げられるケースが増加していると本書は指摘します。
企業活動の中で、思いもよらない形で刑事責任を問われる可能性——それは決して遠い世界の話ではないのです。
法制審に参加した市民委員たちの奮闘
村木氏は2011年から、法務大臣の諮問機関である法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員として、刑事司法改革の検討に参加しました。
連合元会長の神津里季生氏、映画監督の周防正行氏、元三菱商事法務部長の松木和道氏、
元日本経済新聞論説委員の安岡崇志氏という4人の市民委員とともに、取り調べの可視化を中心とした改革を目指しました。
しかし、日本の刑事司法の「厚い壁」に阻まれ、改革は道半ばで終わってしまいます。
本書の第三部では、なぜ改革が「抜け穴だらけ」になってしまったのか、その経緯と背景が詳細に記されています。
この5人の市民委員たちは、法制審の任期終了後も勉強会を継続し、刑事司法改革のための提言を続けています。
私たちにできること、変えられること
本書は単なる告発の書ではありません。
絶望で終わるのではなく、「刑事司法は必ず変わる、必ず良くなる」という希望を示しています。
取り調べの全面可視化、人質司法の解消、証拠開示制度の充実、再審制度の見直し——これらの改革が実現すれば、冤罪のリスクは大幅に減少します。
そして、これらの改革を実現させるのは、私たち市民の声なのです。
おわりに:「当たり前の刑事裁判」を求めて
村木厚子氏が本書で訴えているのは、決して特別なことではありません。
無実の人が罰せられない、真犯人が適正に裁かれる——そんな「当たり前の刑事裁判」の実現です。
警察、検察、裁判所への信頼は、盲目的なものであってはなりません。
制度の問題点を知り、声を上げることこそが、真の信頼につながるのではないでしょうか。
本書は、そのための第一歩として、すべての市民に読んでいただきたい一冊です。


