裏車掌です。

 

昨年から本(ほぼ新書)を紹介する

ブログになっております。

 

本の紹介記事は、

日曜日と木曜日の朝7時

更新となります。

 

よろしくお願いします。

 

はじめに──街から消えたヤクザ、しかし安全は訪れたのか

黒いスーツにサングラス、肩で風を切って歩くヤクザの姿。

 

かつて繁華街で見かけたそんな光景は、今やほとんど目にすることがなくなりました。

 

暴力団排除条例の施行以降、反社会的勢力は表社会から姿を消し、私たちの街は一見「クリーン」になったように見えます。

 

 

しかし、本当に社会は安全になったのでしょうか。

 

廣末登氏による新書『ヤクザが消えた裏社会』は、この問いに真正面から向き合い、私たちが見落としている「不都合な真実」を突きつけます。

 

犯罪社会学者として長年にわたり裏社会の実態を調査してきた著者だからこそ書ける、説得力に満ちた一冊です。

 

 

 

 

著者について──「暴力団博士」と呼ばれる研究者

著者の廣末登氏は1970年福岡市生まれの社会学者です。

 

北九州市立大学で博士号を取得後、国会議員政策担当秘書、熊本大学助教、福岡県更生保護就労支援事業所長など、多様なキャリアを経て、現在は龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員を務めています。

 

 

「暴力団博士」という異名を持つ廣末氏の研究スタイルは、机上の空論ではありません。

 

裏社会の実態を科学的調査法に基づいて取材し、一次情報をもとに解説するという姿勢を貫いています。

 

本書においても、その豊富なフィールドワークの経験が随所に活かされており、リアリティのある記述が読者を引き込みます。

 

 

 

本書の構成──六つの章で描く裏社会の変容

本書は序章から終章まで、全七章で構成されています。

 

 

序章「暴力団博士とよばれて」では、著者がなぜこの研究領域に足を踏み入れたのかが語られます。

 

第一章「アンタッチャブルな存在」では、暴力団排除条例以降、反社会的勢力がいかに社会から隔絶された存在となったかが描かれます。

 

 

第二章「世間のまなざし」では、一般市民が暴力団関係者に向ける視線の変化と、その影響が論じられます。

 

第三章「近代化の立役者」では、歴史的観点から、ヤクザが日本社会の近代化において果たした役割が検証されます。

 

 

第四章「裏社会のサービス業」では、暴力団が担ってきた「機能」について考察がなされます。

 

そして第五章「悪なき時代に生まれる悪」では、本書の核心ともいえるテーマ、すなわち暴力団排除後に台頭した新たな犯罪者たちの実態が明らかにされます。

 

終章「排除ではなく、社会的包摂を」では、著者が考える解決策が提示されます。

 

 

 

 

本書の核心──「もっと悪い奴」がやって来た

本書が投げかける最も重要な問題提起は、暴力団を排除した結果、「もっと悪い奴」が台頭してしまったという逆説的な現実です。

 

 

かつてのヤクザには、独自の「掟」や「仁義」が存在しました。

 

一般市民には手を出さない、子どもや女性には危害を加えないといった不文律があり、ある種の「秩序」が裏社会に存在していたのです。

 

しかし、組織化された暴力団が衰退した現在、そうした規範を持たない犯罪者たちが跋扈するようになりました。

 

 

その象徴が「闇バイト」の蔓延です。

 

若者たちがSNSを通じて犯罪に加担し、見知らぬ高齢者を騙し、時には暴力を振るう。

 

かつての暴力団であれば決して手を出さなかったような卑劣な犯罪が、日常的に発生するようになってしまいました。

 

姿の見えない悪人が増加し、社会はかえって危険になったとも言えるのです。

 

 

 

 

不寛容社会がもたらす負の連鎖

本書が鋭く批判するのは、更生を望む人々の社会復帰を妨げる「不寛容社会」の存在です。

 

 

暴力団から足を洗いたいと思っても、元組員には銀行口座を作ることすら許されません。

 

アパートを借りることも、携帯電話を契約することも困難です。

 

就職においても、「元暴力団員」というレッテルは致命的なハンディキャップとなります。

 

 

更生しようとしても社会が受け入れてくれない。

 

その結果、行き場を失った元組員たちは、再び裏社会に戻らざるを得なくなります。

 

あるいは、組織に属さない「半グレ」として、より凶悪な犯罪に手を染めるケースもあります。

 

排除の論理が、皮肉にも新たな犯罪者を生み出しているのです。

 

 

著者は、これを「自己責任社会の代償」と表現しています。

 

「悪いことをした人間は自己責任だ」という論理で排除し続ければ、社会は本当に安全になるのでしょうか。

 

本書は、この問いに対して明確に「否」と答えます。

 

 

 

社会的包摂という処方箋

終章で著者が提唱するのは、「排除ではなく、社会的包摂を」という理念です。

 

 

犯罪者を社会から排除し続けるのではなく、更生の機会を与え、社会に再統合していくこと。

 

それこそが、長期的に見て社会の安全を高める道だと著者は主張します。

 

 

福岡県更生保護就労支援事業所長としての経験を持つ著者の言葉には、単なる理想論ではない重みがあります。

 

実際に更生を支援する現場を知っているからこそ、その困難さも、そして可能性も理解しているのです。

 

 

 

おわりに──読者へのメッセージ

『ヤクザが消えた裏社会』は、私たちに不都合な真実を突きつける一冊です。

 

「暴力団がいなくなって良かった」という素朴な感想に、立ち止まって考える機会を与えてくれます。

 

 

本書は、暴力団を擁護する書物ではありません。

 

しかし、「悪人を排除すれば社会は良くなる」という単純な図式に疑問を投げかけ、より複雑な現実を直視することを求めています。

 

 

闇バイト、特殊詐欺、無差別犯罪──現代社会が直面するこれらの問題を考える上で、本書の視点は欠かせないものとなるでしょう。

 

社会の安全と包摂について真剣に考えたい方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。