裏車掌です。

 

本(ほぼ新書)を紹介する記事を

中心にブログの更新を続けています。

 

本の紹介記事は、

主に日曜日と木曜日の朝7時に

更新となっております。

 

本年もよろしくお願いします

 

今回は常見陽平氏の著書『日本の就活──新卒一括採用は「悪」なのか』の紹介となります。

 

本書は、表面的な「就活批判」で溜飲を下げるための一冊ではありません。

 

私たちがこの先、どのような労働社会を築いていきたいのか。

 

その重い問いを、学生、親、大学関係者、そして企業人すべてに突きつける一冊です。

 

就活というフィルターを通して日本社会の本質を見つめ直したいすべての人に、お薦めいたします。

 

 

 

 

はじめに:就活の「常識」を問い直す一冊

就職活動、いわゆる「就活」は、日本の大学生にとって避けて通れない一大イベントです。

 

何十社にもエントリーシートを提出し、厳しい面接を繰り返し、内定を追い求める日々。

 

学歴フィルター、オワハラ、学業との両立困難など、就活をめぐる問題は数多く指摘されてきました。

 

 

そして、こうした問題の元凶として槍玉に挙げられるのが「新卒一括採用」という日本独自の慣行です。

 

財界人も学者も、この仕組みこそが諸悪の根源だと声高に主張します。

 

しかし、本当にそうなのでしょうか?

 

 

本書は、就活の現場を知り尽くした著者が、新卒一括採用への安易な批判に疑問を投げかけ、日本の労働社会の根幹に鋭く切り込んだ意欲作です。

 

 

 

新卒一括採用は本当に「悪」なのか

本書の出発点は、新卒一括採用に対する様々な批判の検証です。

 

東大総長、経営学者、脳科学者、政財界、教育社会学者など、多方面から寄せられる批判を著者は丁寧に整理していきます。

 

 

しかし著者は、これらの批判が往々にして「漠然とした悪者論」に留まっていると指摘します。

 

そもそも「新卒一括採用」とは何を指すのか、その定義すら曖昧なまま議論が進んでいる現状に警鐘を鳴らしているのです。

 

 

批判する前に、まずは対象を正確に理解すること。

 

この当たり前のようで難しい姿勢が、本書全体を貫く基本的な態度となっています。

 

 

 

就活時期問題の複雑な歴史

就活をめぐる議論で必ず話題になるのが、選考開始時期の問題です。

 

本書では、日本の就活の歴史が実は19世紀末にまで遡ることが紹介されています。就活は決して最近始まった現象ではないのです。

 

 

著者は、就活ルールが繰り返し破られてきた歴史を振り返りつつも、それでもルールが一定の歯止めとして機能してきた側面を指摘します。

 

経団連の中西宏明会長(当時)による「就活ルール廃止」発言の背景にあった問題意識も詳しく解説されています。

 

 

興味深いのは、就活の早期化をめぐるジレンマの分析です。

 

早く始めれば学業を圧迫し、遅く始めれば準備不足になる。この板挟みの中で、就活は事実上の「自由化」へと向かっているのが現状だと著者は述べています。

 

 

 

 

なぜ就活はこれほど辛いのか

本書の中核をなすのが、企業と学生のミスマッチに関する分析です。

 

著者は、就職情報メディア、特にリクナビに代表されるネットメディアの存在感の大きさを指摘します。

 

 

かつてリクナビは、地方の学生にも都市部の企業情報を届ける「希望」でした。

 

しかし、情報へのアクセスが容易になった結果、就活は肥大化の一途を辿ることになります。

 

学生は膨大な企業の中から選択を迫られ、就活マニュアル本に頼り、対策に追われる日々を送ることになったのです。

 

 

著者は「企業が求める人物像」の曖昧さにも切り込みます。

 

「コミュニケーション能力」「主体性」といった抽象的な言葉が飛び交う中、学生たちは何を求められているのか分からないまま、不安と戦い続けているのです。

 

 

 

 

 

三つの就活危機から学ぶこと

本書では、日本の就活史における三つの危機が詳しく分析されています。

 

1992年に初めて登場した「就職氷河期」、2008年のリーマンショック、そして2020年の新型コロナウイルスショックです。

 

 

特に注目すべきは、氷河期世代の高齢化問題への言及です。

 

当時の就職難が、その後何十年にもわたって個人の人生に影響を与え続けている現実を、著者は「未来の労働者を守れ」という強いメッセージとともに訴えています。

 

 

コロナ禍における就職プロセスのオンライン化についても、その功罪が冷静に分析されています。

 

移動の負担が減った一方で、企業の雰囲気を掴みにくくなったことで、新たなミスマッチが生まれる可能性も指摘されています。

 

 

 

就活に潜むハラスメントと差別

本書が特に力を入れて論じているのが、就活におけるハラスメントと差別の問題です。

 

セクハラの実態、内定辞退を妨害する「オワハラ」、そして学歴フィルターの問題が、具体的なデータとともに明らかにされています。

 

 

オワハラについては、その歴史的経緯から現在の実態、そして発生する構造的原因まで、多角的な分析がなされています。

 

また、採用選考における不適切な質問が今なお繰り返される理由についても、鋭い考察が展開されています。

 

 

著者は、人権意識が高まる現代社会において、就活における差別をいかに乗り越えていくべきかについて、具体的な提言を行っています。

 

 

 

大学の現場から見た就活のリアル

本書の大きな特徴は、著者自身が中堅私立大学で就活支援に携わった経験が、惜しみなく共有されている点です。

 

キャリア教育の意味、教員に求められる能力、学生の悩みへの寄り添い方など、現場ならではの知見が詰まっています。

 

 

「ガクチカ」(学生時代に力を入れたこと)の書き方指導、週末や連休を返上しての面接特訓、そして「最後の一人まで伴走する」という著者の姿勢には、教育者としての強い使命感が感じられます。

 

 

同時に、大学と就活の「共犯関係」についても、著者は正直に語っています。

 

企業と大学の綱引きの中で、大学が就活にどこまで関与すべきなのか。そのモヤモヤを抱えながらも、目の前の学生のために奔走する姿が印象的です。

 

 

 

もし新卒一括採用がなくなったら

本書のクライマックスとも言えるのが、第7章の思考実験です。

 

もし新卒一括採用が廃止されたら、何が起こるのでしょうか。

 

 

著者の分析によれば、年間最大約45万人の労働力と税収が失われる可能性があるといいます。

 

若年層の失業率上昇リスク、企業の人材獲得の困難化、そして逆説的ですが、学生の負担がむしろ増える可能性も指摘されています。

 

 

さらに興味深いのは、新卒一括採用の廃止によって「人材の多様性が失われる」という指摘です。

 

一見すると逆のように思えますが、著者は丁寧にその論理を説明しています。

 

 

 

おわりに:ダークヒーローとしての新卒一括採用

本書の結論は、新卒一括採用を「ダークヒーロー」と位置づける独創的なものです。

 

問題を抱えながらも、日本の若者の雇用を守ってきた存在。完璧ではないが、簡単に廃止すればよいというものでもない。

 

 

AIによるエントリーシート作成やAI採用の可能性など、これからの就活の変化についても展望が示されています。

 

エリートとノンエリートで分化していく就活の未来像は、読者に多くのことを考えさせるでしょう。

 

 

就活に悩む学生、採用に携わる企業人、そして日本の雇用システムに関心を持つすべての方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。