ひだまりとこもれび -4ページ目

ヘメロカリス症候群

200歩目は喜激的に。






桜雪です。
この記事で記事数合計200になります。
タイトルは造語です。



200個目の記事ということで、何か普段しないこと、そう、これまで書いてきた言葉遊びの中でも、気に入っているものにコメントを付けてみようかと思います。



2010/8/3 「回文」
鰻なう
うなぎなう

おそらくこのブログで初めての言葉遊びです。真夏の暑さに頭が殺られたのか、Twitterでしばしば用いられる「なう」を使った短い回文です。
別に鰻重を食べていないのに、さりげなく言い放っていくのがポイント。
うなぎなうなう。

2010/9/11 「長いです&纏まってないです。」
考える葦が考える事を止めてしまったら、それは一体何なのだろう?


哲学者パスカルの名言、
「人間は考える葦である」より。
思考停止した葦のアイデンティティーは果たして何処にあるのでしょう。
思考停止による機械的な否定は、いつも進化を妨げるのです。



2010/10/12 「実力てすつ」
人生は素数のようなものだ。自分自身で割り切らねば、やっていけない。


割り切るを「余りがない」と言う意味と、「きっぱりと結論を出す」という二面的な意味で捉えた言葉遊びです。
素数は孤独な数字ですが、嫌いではないです。



2010/12/8 「部誌」
大好評発売中止
一文字足すだけであら不思議。



CMでよく耳にする、大好評発売中という謳い文句を元にした言葉遊び。
「大好評」なのに「発売中止」という矛盾が面白いので気にいってます。




2011/1/11 「いいかげんと悪い乗除
「人を外見で判断するな」
なんて言葉があるのは、
人が人を外見で判断するからだ。


事実の確認によって言葉は新たに創られていくものです。
人類全員が超能力者なら、きっとこんな言葉はなかったでしょう。




2012/2/21 「怪しげなおじさん」
笑う門には福来たる。過度に嘲えば復来たる。


有名な諺、「笑う門には福来たる」をもじった言葉遊び。門と過度、福と復を掛けて、笑いすぎると復(復讐的な)が来るという逆の意味にしてみたり。駅前で「怪しげなおじさん」を見かけたりしても、決して笑ってはいけませんよ。






この辺で一旦終わります。
続きますので、第二回を宜しく。





桜雪
















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あたりまえをうしなうということ

受験を欠片でも考えた瞬間から、人は既に受験生だ。






乙です。
桜雪です。
ひこうきぐもを見上げる人は、目の前のおとしあなに気付くことはありません。ですが、おとしあなは本当に落とし穴だったのでしょうか。実は気付く筈の無い宝がざっくざっくと眠っていたのかもしれません。




今日も暑かったですねー。
蒸し蒸しして気持ち悪いです。
むしむし。



かんはけふだひ(閑話休題)。

突然ですけど、当たり前を自覚するのはやはり大切ですよね。

無くして、失くして、泣くして、
ようやく気付くなんとやら。


そう、例えば、
笑顔の顔文字の裏に隠された強がりとか、
毎日牛乳を飲むこととか、
額に汗をかいて気持ち悪いとか、
何気ないメールの往復とか、
半径6300kmとか、
大事な人からの相談を受けるとか、
読点の付け忘れとか、
不安定な不安とか、
道に、迷う、とか。

そんなのですよね。多分。


人間誰だって現状維持を望むものです。
現状打破にはどうしたってリスクが付き纏う。


現状打破の決心をすることは容易ではありませんよね。
それは、
あたりまえをうしなうということ。
そういう可能性を秘めている。






とんでも無く優柔不断でしようの無い僕なんかは、本当に困ります。







桜雪

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取り返せない投擲線

言葉を刃物に例えるのは、ある意味正しい。
言葉は言刃なのだから。
決しても消しても記憶に残る。





こんばんはです。
毎度ながら桜雪です。


話題1
イヤホンが残念なことになってしまいました。
あぁ、なんてこった…。

どなたか良いイヤホン教えてくださいませんか。
もれなく僕が幸せになれます。



話題2
最近見つけた曲の紹介。
「特殊ケース一般論」という曲です。

あまり知られてはいないかもですが、歌詞がこれほどまでに鋭い曲は久々でした。サビが好き。


youtubeとかニコニコにあります。多分。






桜雪








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喧騒乖離とn乗根

有象無象から目を背けることは、心理的な真理である。
心裏にある信利になかなかどうして気づけよう。





桜雪です。
長い一日でした。


体育祭が終わった後、塾で数学の授業を受け、打ち上げに途中参加。

22時半に帰宅。



帰り道でね、信号に引っかかったんです。

よく知る道の、これといって特徴の無い只の信号。ありふれた、普通の、一般的な、通り一遍の、信号。


だのに、とても目を奪われました。

誰もいなかったんです。周りに。
何もなかったんです。周りに。
人も、車も、野良猫も。



完全な静寂の中、その信号はチカチカと、通行不可を示す赤に変わろうとしていました。

僕以外誰も見はしないのに。
規則正しく、機械的に、変わろうとしていました。


その光景が何処と無く異質で、そこの部分を切り取ると、何かの芸術のような気さえしました。




そんな帰り道でした。




桜雪



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冗句ジョーク

スランプに陥ることの出来る人間は幸せである。
才能が無ければ、そもそもスランプなどにはなり得ない。





こんばんはです。
桜雪です。
最近疲れていけません。





明日、体育祭があります。
六月だというのに、運良く晴れ。
今日は予行でしたが、暑かったです。



閑話休題…。

僕は生まれつきどうにも行事や物事に熱くなれません。正確には熱くなりにくい。
言い換えるなら、何処までも他人事目線。

何処か一歩引いていて、
何処か一人見下ろしている。

そんな性格で性質なんですよね。
いわば、究極的な客観視のような。


別にその性格を疎んだり、不思議に思うことはありません。
それすらも、「ああ、そういうものなんだな」としか思えません。
つい客観視してしまう性質自体を、また客観視している。


最近はそれが顕著な気もします。
例えば芸能関係。
僕は一週間にテレビは三時間程度しか見ませんが、最低限有名な幾らかの芸能人は分かります。多分。

「◯◯さんが可愛い」とか、
「××くんがかっこいい」とか、

見ても聞いても、観ても聴いても、
「ああ、なんかそうらしいなぁ」
程度の思考に留まるばかり。

重要だと思えないことには、極端なまでに無関心とも言えるかもしれない。




ああ、なんだか書くのが億劫になってきた。

終わりー。







桜雪









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