元和元年(1615)に一国一城令が出されましたが、肥後の国熊本は熊本城と麦島城の一国二城体制が特別に認められていました。しかし、元和5年(1619)、大地震によって城は倒壊したと伝えられています。熊本藩主の加藤忠広は幕府の許可を得て、新たに城を再建します。それが現在の八代城です。
明治3年(1870)に八代城は廃城となりますが、八代町民の願いがかない、南北朝時代の後醍醐天皇の皇子(おうじ)、懐良親王(かねながしんのう)顕彰(けんしょう)のために城跡の本丸に八代宮を設置することとなります。そして同年、社格が官幣中社(かんぺいちゅうしゃ)に列せられることとなりました。
昭和38年1月には、八代城跡として熊本県指定の史跡になっています。
ブログ1年目のお祝いに弾薬斑中谷さんから、花束をいただきました。
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