第2回は熊本県下益城郡美里町にある霊台橋(れいたいきょう)です。緑川本流の最大の難所、船津峡に架けられた日本第3位の単一アーチ式石橋です。
昭和41年、上流に現在の鉄橋が架けられるまでは、この石橋をバスやトラックが通行していました。
霊台橋は、全国的には「肥後の石工」として有名な「種山石工(たねやまいしく)」が手がけた橋です。種山村は現在の熊本県八代市東陽町です。
種山石工は前回紹介した通潤橋など江戸時代の壮大な目鑑橋や、県南地域の大小の目鑑橋を手がけた技術者集団で、江戸時代後期から明治・大正時代にかけて、県内はもとより県外にも、通路や通水のための優れた目鑑橋を架けました。
架橋は弘化4年(1847年)
橋の長さ 89.9m
橋の幅 5.4m
橋の高さ 16.0m







