6/4 J.キッド、G.ヒルが現役引退!
J.キッド、G.ヒルが現役引退![]()
~ジェイソン・キッド~
リーグ歴代屈指の司令塔として名を馳せたニューヨーク・ニックスのジェイソン・キッド(40歳)が現地3日、現役引退を発表し、19年の輝かしいキャリアに幕を閉じた。
キッドは、1994年ドラフト全体2位でダラス・マーベリックスに入団。2日前に引退を表明した同じく40歳のグラント・ヒルとともに1995年のルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞し、華々しくキャリアをスタートさせた。
2011年にはマブス初のNBAリーグ制覇、米国代表としては2000年シドニー五輪、2008年北京五輪、1999年、2003年、2007年のアメリカ選手権で母国の金メダル獲得に貢献。個人成績ではアシスト数とスティール数でリーグ歴代2位、オールスターに10回選出されるなど、名司令塔としてリーグ史にその名を刻んだ。
しかし、40歳になって迎えた今プレーオフでは、全12試合中、最後の10試合で17本全てのフィールドゴール(FG)に失敗。全体では25本中わずか3本のFG成功にとどまり、最後の2試合ではほとんど出場機会も得られず。不甲斐ない結果に終わったことから、契約を2年残しての引退を決断した。
キッドはニックスを通じて声明を発表し、「バスケット選手として過ごした時間は、素晴らしい旅だった。ただ、19年が過ぎてついに終わりを迎える時がきた。これまで所属した4チームでの時間を振り返えると、全てのシーズンがなつかしく思い出される。一緒にコートに立った一人ひとりのチームメート、コーチに感謝している」と述べた。
所属するすべてのチームで大きなインパクトを与えたキッド。キャリア全盛期には万年ドアマットチームだったニュージャージー・ネッツを2002年、2003年と2年連続でNBAファイナルに導き、2011年にはマブスのリーグ初制覇、ニックスでは2000年以来初のカンファレンス準決勝進出に貢献した。
マブス、フェニックス・サンズ、ネッツ、ニックスでプレーしたキッドは、通算成績で1試合平均12.6得点、8.7アシスト、6.3リバウンド、1.93スティールをマーク。トリプルダブル数は107で歴代3位、スリーポイントシュート成功数も歴代3位という記録を残した。
現地1日、ロサンゼルス・クリッパーズの名手グラント・ヒル(40)が現役引退を表明した。1994年にデトロイト・ピストンズからドラフト全体3位指名を受けたヒルは、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞、さらに1996年のアトランタ・オリンピックで金メダルを獲得するなど順風満帆なキャリアのスタートを切ったものの、その後のキャリアは長いケガとの戦いになった。
『TNT』で放送されたインディアナ・ペイサーズとマイアミ・ヒートによるイースタン・カンファレンス決勝の第6戦のプレゲームショーに出演したヒルは、「ここ何年か引退を示唆してきたけど、どこかでもう十分だと思う瞬間が来るものだ。でも私は(キャリアを)楽しんだし、愛していた」とコメントした。
今季クリッパーズに加入したヒルは29試合の出場にとどまったものの、出場した試合では変わらぬ存在感を発揮。しかし、チームがプレーオフの1回戦でメンフィス・グリズリーズに敗れたあと、「私は自分のやってきたことに満足している」と語り、契約を1年残しての引退を示唆していた。
オーランド・マジック、フェニックス・サンズでもプレーしたヒルは、度重なる負傷離脱にも関わらず、通戦成績で1試合平均16.7得点、6.0リバウンド、4.1アシスト、1.2スティールという堂々たる成績を残した。
ヒルのキャリアはケガとの戦いの連続で、特に左足首の慢性的な負傷に苦しめられた。2001-02シーズン開幕前にオーランド・マジックに加入し、そこでは7シーズンを過ごしたものの、わずか200試合の出場にとどまり、引退も囁かれるようになった。
ヒルは全盛期のようなオールラウンドな活躍こそできなくなったものの、それでもキャリアの後半は高いディフェンス能力と堅実なプレーでチームに貢献。マジック退団後はサンズで5シーズンプレーし、2010-11シーズンには38歳以上の選手として平均13得点を記録した史上7人目の選手となった。
この2人の引退は非常に悲しいですねY(>_<、)Y
ではまた明日















