私の出身大学は昭和大学 歯学部という大学です。
そして勤務していたのもその母校にそのまま勤務していました。
通算 大学 6年(留年しているわけではなく 医・歯・獣医学部は当時6年制大学 薬学部も今は6年制大学 ) 大学院 4年 そして医局員として1半年 大学助手(今名称変更で 助教)として2年半
合計14年も昭和大学に世話になりました。経歴はここへ。
昭和大学という大学は一年生の教養課程を山梨県富士吉田にある
富士吉田キャンパスという場所で全寮制の生活を生活を送ります。
まぁここでの生活についてはまたの機会に。
まぁ人生の勉強を一番できたところであるのは間違いありません。
そして当時は1年生の後期から2、3年生の基礎科目を旗の台キャンパスで
歯学部は学びます。
そして4.5.6年生の専門課程を旗の台キャンパスから歩いて15分程度の
洗足にある歯科病院で過ごすのです。
そして私はそのまま大学院へ行きましたが所属は歯科病院の歯周治療学教室でしたが
研究を旗の台の基礎教室である 口腔病理学で実験を主に行っていました。
最近色々な用事で久しぶりに歯科病院へと足を運びました。
そして大学本部がある旗の台までの道を歩いてみました。
環七沿いにある歯科病院から旗の台までは閑静な住宅地を歩きます。
元々はお屋敷のような大きな敷地が多かったのですが 時間の経過でしょうか
相続の問題でしょうか。あちこち 宅地が小さくなり分譲されてきています。
かなり通いなれたこの道がかわりつつあるのです。
前述しましたように 研究していた教室と臨床教室が離れていたため
この道を4年間の大学院生活の中で何回歩いたでしょうか。
一日それこそ何往復もした日がありますし最低2往復はしていたので・・・・・。
多分人生の中でこんな同じ経路を歩いた道はないでしょう。
そんな道もあちこち変化してきています。
そんな感傷に浸りながら旗の台キャンパスへ。
研究室が立ち並ぶ通称1号館の廊下は相変わらずです。
なんだか寂しい廊下でしょ。でもこんなフロアが2階から5階まで並んでいて
医歯薬学部の基礎医学の教室の研究室が並んでいるんです。
地下にも色々な実験室が並んでいるのですがセキュリティーも関係するので・・・。
こんな廊下の両端に並んでいる研究室では
毎日ノーベル賞を目指して? というか 医学の発展のために
色々な人が色々な手法を用いて研究しているのです。
続く・・・・・・・・・・


