2つ目に勤めた会社から辞めることを決めた僕は、知人の紹介である会社へ面接に行きました。
その会社は、PCのソフトウェア開発とは無縁の鉄工所だったのです。
なぜこの会社を紹介されたかというと、どうやらパソコンに詳しい人が欲しいとのことでした。
ちょうど業務にパソコンを導入したところで、社内にIT関係のことがわかる人がいないということだったようです。
社内SEのようなものかなと僕は思い面接を受けることにしたのですが、実際にはそうではありませんでした。
鉄工所の仕事をしながら、必要なときにパソコンの保守などをしてほしいという程度のことだったのです。
それまでの僕であれば、IT関係以外の仕事をするつもりがなかったので、断ることになるはずだったのですが、その時の僕はソフト開発の仕事に失望し、疲れていたのです。
「プログラマ35歳定年説」というものがありますが、その当時の僕は「これは本当のことではないか」と思ってしまうような状態でした。
サラリーマンとして仕事をしていく上で、その道のちょうど半分ぐらい来たところでした。
この辺りでまったく別の仕事に転職するのも悪くないのではないかと思いました。
鉄工所といっても、いろいろとあって、その鉄工所はNC工作機械を使って金属を加工することを仕事としていた会社でした。
実は、初めに勤めた会社で、マシニングセンタのプログラムを作成する仕事をしたことがあったのです。
「あんな感じのことをするんだな」とある程度の予想ができました。
ソフト開発者のように納期に追われることも少ないだろうし、仕事が進まずに頭を抱えることもなくなるのかもしれないと思いました。
そんなIT業界の辛い部分から離れたいという気持ちもあったと思います。
僕は、心機一転という気持ちで、この鉄工所に務めることにしました。
定年までの間、この会社で自分のペースで仕事をしていけたらと思ったのです。
「プログラマ35歳定年説」での定年を、自らの意思で迎えたということになります。
これが正解なのか、誤りなのかは、まだわかりません。