点滴が思いのほか
効き目抜群で私の体に合ったみたいで
移植登録するにはまだ早いという
結果になりこの時は無事退院して
職場復帰しましたニコニコ

後々聞いた話では
母親だけ先生に呼ばれて話をされて
結構厳しい状況で急いで
移植登録の準備を!
仕事復帰は難しいと思います。
って言われてたみたいです不安

そんなこんなで(笑)

復帰して働いていたんですが
まず、咳が増えて痰も増えて
こそこそ隠れてバレないように
痰を出して仕事をしてました。
熱もしょっちゅう出るようになり
体重もどんどん落ちて
周りからも痩せた?と
言われることが多くなり
痩せた?と言われるのが
とにかく嫌で嫌で悲しい
そしてなにより階段がとんでもなく
辛くて、1日に何回も三階を
登り降りしないといけないため
その度に息切れ→咳込む→痰が出る
の流れで、これを
まわりに悟られないように
息切れがバレないように
息を止めたり距離をあけたり
人気がないとこで咳き込んで痰を出して
息を整えて戻るって感じで
乗り越えてましたキメてる
最後の難関が帰りにロッカーから
駐車場まで結構歩くので
みんなでおしゃべりしながら
歩くから普通に歩くより息も切れて
車に入った瞬間に咳込んで
咳込みすぎて吐きそうになる
っていうのを毎回してました悲しい
夜勤もしていたので本当に、、悲しい

体力的に限界をむかえて
27歳の時に辞めました悲しい
健康な体ならずっと働いていたかった
くらいみんないい人達で
やりがいのある仕事でした悲しい


次は仕事を辞めた後の
話をしていきたいと思います指差し飛び出すハート

初めてblogを書くので

不慣れで読み苦しい文章も

多々あると思いますが、、

ご了承下さい指差し


今年31歳になります悲しい

なんちゃって主婦です泣き笑い


私は赤ちゃんの頃から

喘息持ちで病気がちな子でした。

中学生で慢性副鼻腔炎で手術をして

高校生でもう一度手術をしました真顔

慢性副鼻腔炎の合併症?なのか

気管支拡張症になり

この頃から薬とはお友達です真顔

高校卒業後は伊豆の旅館で2年半

働いて地元がこいしすぎて帰ってきましたひらめき

そして

病院で看護助手の仕事をしていました。

26歳頃から体調が悪くなってきて

食欲も落ちて体重が大幅に減り

仕事から帰るとぐったり

寝込むことが増えて

咳と痰の量も増え息切れもひどく

自分でもちょっとおかしいなって

感じはじめました。


定期の外来受診の時に先生から

そろそろ大学病院に、、、と言われて

(私は田舎に住んでるので

入院や検査となると市内まで

違う病院に行かなくてはいけません)

覚悟はしてました、、悲しい

ということで

母と市内へ

即入院!といわれ

いろいろな検査をしつつ

点滴三昧で1ヶ月ちょい入院しました。


初めてこの日に肺移植の話が出ました。

入院だけでも驚いたのに

移植だなんて考えてもないワードが

出てきて頭が真っ白で

そこまで自分の病気を重く考えて

なかったので、、ショックで悲しい

この入院中の検査で

びまん性汎細気管支炎という病名

が判明しました。



ここからの詳しい話は

また次に書きたいと思います指差し飛び出すハート