まさかまさか。

3年はフランスに戻ることはないなって思っていたのに、戻ってきてしまった・・・。

ぷに男さんは今シンガポール。


Mさんというママ友と一緒にぷに男の実家に滞在中です。


14日月曜日にフランスに行ってくれと懇願され、

14日午後Mさんの旦那さんとうちのぷに男が航空券を取ろうとしていて、Mさん旦那さんが航空券をゲット。

(母子×2分しかゲットできなかった)

実感のないまま身支度し、15日の朝には成田を出発していた・・・。


後ろ髪をひかれる想いでの出発。


でも外国人で日本のメディアを理解できるほどの日本語力もなく、大使館からは退去勧告が出ていたら、国外退去する外国人の気持ちはとても分かる。


フランスに就いて、この記事を読んで少し安心した。

http://synodos.livedoor.biz/archives/1709878.html

最悪の事態がどのレベルか分からないというのが恐怖心をあおる。


フランスもドイツもチェルノブイリのトラウマで、日本政府の言うことを信用していない。

フランスメディアはあきらかに騒ぎすぎで過剰報道、でも日本のメディアはメディアで何か隠しているのではないかと疑ってしまう。


こっちに来てから不思議に思ったのは東電の作業員のこと。

消防隊の活躍は報道されているけれど、作業員の方たちこそ、放射能を浴び戦ってくれている。

彼らのことが全くニュースにならない。命をかけて日本を守ろうとしてくれているのに。

Mさんがこんな記事を見つけて、やるせなくなった。

http://www.jca.apc.org/mihama/rosai/elmundo030608.htm


フランスのメディアは過剰報道なので、どこまで信じていいのか分からないけれど、

先週のフランスのニュースでは「作業員は2カ月で死ぬことを知っていて修復を作業している」と言っていた。


何が本当だかわからないけれど・・・。



首都圏の人が使う電気を作ってくれていた福島原発。

地元の人はここの電気を使っていない。なのにこんな状況になってしまって、申し訳なくて申し訳なくて。


計画停電を続けて、電車も6時―20時の運行にして、みんな残業なしで家に帰って、夜は真っ暗の東京にして原発でない自然エネルギーだけでどうにかならないのだろうか。

過剰労働はみんなを不幸にする。


これをきっかけに、自分たちの暮らしを見直すべきだと思う。

不便な暮らしはすぐ慣れる。そういうものだと思えばいいだけ。 


フランスは不便だけれども、だからこそ家族や友人との時間をたくさんとれる。

(日曜営業がなければ、みんな家でゆっくりするだけ。)

日本は便利な暮らしを作るために、家族や友人との時間を犠牲にしないといけない。


どちらがいいかじゃなく、もっと大きく物事を見ることが大切なのかも。




原発が落ち着くこと、そしてただただ被災者のみなさんが落ち着いた暮らしを取り戻せることを願う。



信じられないことが起きた。

目に入ってくる映像は映画のワンシーンのような、目を覆いたくなるような惨状。

ニュースには心が痛むばかり。 

被災にあった方々の気持ちを思うと本当に言葉がない。



地震時うちに友人たちがいて、メトロ動かないし、道路も大混雑だったのでそのままうちに泊まってもらった。 

ぷに男は徒歩で帰宅。2時間くらい歩いたらしい。

携帯もメールもつながらなかったので、心配でたまらなかったらしい。


都内でも今でも余震があり、そのせいか、揺れてもいないのに揺れているように感じてしまう。

船から降りた後のような感じ。



ぷに男は私たちにフランスに一時避難してほしいと強く言う。

フランスの家族も気が気じゃない様子で、ママはたくさん泣いていた。

だからフランスに行くことを検討。


今日は仲良しファミリーの洗礼式に行ってきた。

こういう時に教会に行けて良かった。

助かる方たちの救助がすすみますように、はやく家族にあえますように。 


家族と友達が無事でいればそれだけで十分。

そんなことを再認識した。


とりあえず、無事で元気です。

では節電のためにPCオフにします。



私は昔から「働くお母さん」になるのが夢だった。


しかし、しかし。

なんとか持ちこたえていた会社は、今月か来月にはキャッシュアウトでつぶれる見込み。

どこかからお金を持ってきても、かなり厳しい状況。

もう社員の半分くらいはお給料をもらっていない状態・・・なので私も4月から戻るという選択は消えた。


だけど、12月に保育園の申し込みができた(会社がまだつぶれていなかったから)のは奇跡で、たとえ会社がつぶれてもとりあえず保育園には入園できることになりそう。


けれど、職に就かず丸2ヶ月たつと保育園を退園しないといけない。

ということは就職活動できるのは2カ月だけ。


週3勤務の仕事さえ見つければいいらしいので、最低週3入れるバイトでも見つければいいのかもしれないけれど、やっぱりなかなか女性が仕事をするのも、就活するのは厳しい環境だなぁと思った。


だって2カ月間決まらなくて、でも働きたくても子供が退園になってしまったら、また保育園見つかるまでは働けない・・・



今のバイト先に就職しようかな、一から転職活動してみようかな、(所属の)会社に戻るかなってことばかりをぐるぐる考えていたけれど、ここ数週間で最後の選択枠は完全に消えた。


そしたら先週、会社の取締役から一緒に会社をしようと声をかけられた。

メールで事業内容が送られてきた時、深夜だったけど私読んで大興奮。

やりたかったことの原点に戻ったというか。

明日、会って話し合いをする。


私、働く母さんになれるかな。

あと、明日保育園の第一次選考の発表結果が届く。

どこの保育園になるかなー。(←ほぼ通ると読んでいるので)



明日になるのがドキドキ。