東北ボランティア。
29日から遅めの夏休みでした
29日は職場のお友達と下北沢で遊び、
おうちで夕飯を食べて、お風呂に入って、23時ころ再びお出かけ。
夜行バスで宮城県にある七ヶ浜町へ。
↑仙台の東北にある海辺の町です。
めもり~旅行さんという旅行会社がここの町でのボランティアツアーを開催しているので参加してきました。
多賀城市あたりから津波の被害を受けた建物がそのまま放置されている光景をちらほら見かけましたが、市街地はだいぶキレイになっていました。
一方で、七ヶ浜町に入ると、ペシャンコになった車や流された家があちこちにあり、住宅街など、ひとまず人の住んでいる所だけをキレイに片づけた感じです。
サッカー場の奥に瓦礫の山が積みあがってました。
高さ5メートルくらい?
これこの後どうするんだろう…
と一緒に参加した方と途方にくれました。
ボランティア1日目、お仕事は民家のお片付け。
既に前日のボランティアの方々が床板などはすべて剥がしてくださったので、
私達は敷地内に飛び散ったガラスや陶器、瓦など、危険物を取り除きます。
ついでにあちこちに生えた雑草も一掃。
津波で浜辺の砂が大量にあるため、発掘作業でした
掘っても掘ってもガラス片が出てきます。
何よりも田舎のおうちだから敷地が広くて果てしない~!!
途中、麺つゆ・ロースハム・お財布・靴下・大量のジャガイモ←なども発掘されました。
お財布はボランティアセンターに届け、持ち主さんのもとへお返ししました。
大量のジャガイモはどうしたらいいかわからず…(笑)
おうちで栽培していたのでしょうか…。
30人がかりで行ったのですが、
だいぶキレイになったものの、
1日やってもまだやりきれない所がありました。
こういった民家の撤去作業は、業者の仕事を奪っているのでは?
との指摘もある様なのですが、
実際の所、被災した家屋が多すぎて業者だけでは手が回らないそうです。
撤去が済んだお宅の家主さん達は基礎だけになったご自分の家にひまわりを植えているそうで、沢山のお宅でキレイなひまわりが咲いていました。
すごく短い間隔で津波の際の避難場所を知らせる標識がありました。
ちなみに、作業をしている時に話しかけてくれたおじさんが、
「40年ここに住んでるけど、津波で全部流されて初めてここがこんな地形してたんだって知ったよHAHAHAHA!!!」
と、津波ジョークをおっしゃっていましたが、誰も笑えず…(笑)
笑った方が良かったのかしら…!?
そんな出来事もありながら、午後3時過ぎに作業は終了し、宿泊先のホテルへ。
七ヶ浜町とは離れた、山形県との県境にあるホテルに滞在したのですが、
こちらのホテルも震災直後は窓ガラスが割れて大変だったそうです。
現在は通常営業でした。
ごはんがすごくおいしかったです
お土産も買って、明日の準備をして…とあれこれしていたら気付いたら朝…。
そんなにハードな作業はしていなかったはずなのですが、
炎天下で一日中の作業だったので相当疲れていたようです
ボランティア2日目、この日は支援物資の仕分け作業です。
瓦礫撤去作業もあったのですが、
支援物資の仕分け係を募集していた所、
誰も手をあげなかったのでつい勢いで手をあげちゃいました←
旅行会社に届いた支援物資を全部開封して細かく仕分けるのですが、
楽な仕事かと思いきや、かなり手間のかかる作業でした
一番困ったのは、お年寄り向けの洋服を見慣れていないので、
ぱっと見ただけでは男物なのか女物なのか分からなかった事です
なので畳んである服を全部広げて大きさで判断。
そうこうしているうちに近所の仮設住宅の方々が物資をもらいに来ました。
今現在、足りない物はほとんどないそうですが、
やはり洋服は数が欲しい様で喜ばれました。
特に女性はおしゃれしたいですから
あとは日用品でしょうか。
お茶や麦茶、コーヒーは早い者勝ち
それから、仮設住宅にお住まいの方、新しく家を建てる目途が立った方で微妙にニーズが違いました。
仮設住宅は狭いので、必要最低限のものしかいらない、
という方が多かったのに対し、
家を建てる方は、大きめのお皿やお鍋、その他調理器具などを持っていかれ、
物資を送る方も考えて送らないといけないなぁ…と
ウ~ン
ちなみに、ここでも津波ジョークが連発され、おばあちゃんたちは大ウケでしたが、
やっぱり笑えませんでした(笑)!
皆さん元気でなによりです
物資の配布も終わり、残った物資は近くにある桂島や、今度行われる復興支援祭、北海道に避難している方々へ送る為にもう一度細かく仕分けをして箱詰め。
ボランティアセンターへ戻り、撤去作業をしたメンバーと合流して帰路へ。
ボランティアセンターにいたプリチーなウサギちゃんともお別れです
今回ボランティアに行って継続的支援の必要性を強く感じました。
仕事のシフトによるのですが、近いうちにまた行こうと思います!

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29日は職場のお友達と下北沢で遊び、
おうちで夕飯を食べて、お風呂に入って、23時ころ再びお出かけ。
夜行バスで宮城県にある七ヶ浜町へ。
↑仙台の東北にある海辺の町です。
めもり~旅行さんという旅行会社がここの町でのボランティアツアーを開催しているので参加してきました。
多賀城市あたりから津波の被害を受けた建物がそのまま放置されている光景をちらほら見かけましたが、市街地はだいぶキレイになっていました。
一方で、七ヶ浜町に入ると、ペシャンコになった車や流された家があちこちにあり、住宅街など、ひとまず人の住んでいる所だけをキレイに片づけた感じです。
サッカー場の奥に瓦礫の山が積みあがってました。
高さ5メートルくらい?
これこの後どうするんだろう…
と一緒に参加した方と途方にくれました。
ボランティア1日目、お仕事は民家のお片付け。
既に前日のボランティアの方々が床板などはすべて剥がしてくださったので、
私達は敷地内に飛び散ったガラスや陶器、瓦など、危険物を取り除きます。
ついでにあちこちに生えた雑草も一掃。
津波で浜辺の砂が大量にあるため、発掘作業でした

掘っても掘ってもガラス片が出てきます。
何よりも田舎のおうちだから敷地が広くて果てしない~!!
途中、麺つゆ・ロースハム・お財布・靴下・大量のジャガイモ←なども発掘されました。
お財布はボランティアセンターに届け、持ち主さんのもとへお返ししました。
大量のジャガイモはどうしたらいいかわからず…(笑)
おうちで栽培していたのでしょうか…。
30人がかりで行ったのですが、
だいぶキレイになったものの、
1日やってもまだやりきれない所がありました。
こういった民家の撤去作業は、業者の仕事を奪っているのでは?
との指摘もある様なのですが、
実際の所、被災した家屋が多すぎて業者だけでは手が回らないそうです。
撤去が済んだお宅の家主さん達は基礎だけになったご自分の家にひまわりを植えているそうで、沢山のお宅でキレイなひまわりが咲いていました。
すごく短い間隔で津波の際の避難場所を知らせる標識がありました。
ちなみに、作業をしている時に話しかけてくれたおじさんが、
「40年ここに住んでるけど、津波で全部流されて初めてここがこんな地形してたんだって知ったよHAHAHAHA!!!」
と、津波ジョークをおっしゃっていましたが、誰も笑えず…(笑)
笑った方が良かったのかしら…!?
そんな出来事もありながら、午後3時過ぎに作業は終了し、宿泊先のホテルへ。
七ヶ浜町とは離れた、山形県との県境にあるホテルに滞在したのですが、
こちらのホテルも震災直後は窓ガラスが割れて大変だったそうです。
現在は通常営業でした。
ごはんがすごくおいしかったです
お土産も買って、明日の準備をして…とあれこれしていたら気付いたら朝…。
そんなにハードな作業はしていなかったはずなのですが、
炎天下で一日中の作業だったので相当疲れていたようです

ボランティア2日目、この日は支援物資の仕分け作業です。
瓦礫撤去作業もあったのですが、
支援物資の仕分け係を募集していた所、
誰も手をあげなかったのでつい勢いで手をあげちゃいました←
旅行会社に届いた支援物資を全部開封して細かく仕分けるのですが、
楽な仕事かと思いきや、かなり手間のかかる作業でした

一番困ったのは、お年寄り向けの洋服を見慣れていないので、
ぱっと見ただけでは男物なのか女物なのか分からなかった事です

なので畳んである服を全部広げて大きさで判断。
そうこうしているうちに近所の仮設住宅の方々が物資をもらいに来ました。
今現在、足りない物はほとんどないそうですが、
やはり洋服は数が欲しい様で喜ばれました。
特に女性はおしゃれしたいですから

あとは日用品でしょうか。
お茶や麦茶、コーヒーは早い者勝ち

それから、仮設住宅にお住まいの方、新しく家を建てる目途が立った方で微妙にニーズが違いました。
仮設住宅は狭いので、必要最低限のものしかいらない、
という方が多かったのに対し、
家を建てる方は、大きめのお皿やお鍋、その他調理器具などを持っていかれ、
物資を送る方も考えて送らないといけないなぁ…と
ウ~ンちなみに、ここでも津波ジョークが連発され、おばあちゃんたちは大ウケでしたが、
やっぱり笑えませんでした(笑)!
皆さん元気でなによりです
物資の配布も終わり、残った物資は近くにある桂島や、今度行われる復興支援祭、北海道に避難している方々へ送る為にもう一度細かく仕分けをして箱詰め。
ボランティアセンターへ戻り、撤去作業をしたメンバーと合流して帰路へ。
ボランティアセンターにいたプリチーなウサギちゃんともお別れです

今回ボランティアに行って継続的支援の必要性を強く感じました。
仕事のシフトによるのですが、近いうちにまた行こうと思います!
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