















「茜さす紫野行き標野行き
野守は見ずや君が袖振る」
なんていう歌のメモもあったりして。
これって、
大海人皇子(天武天皇)と離婚した額田王が
今は、天智天皇といい感じなのに、
元夫の大海人皇子が
まだ袖振ってくるから、
そういうのは
番人が見てるから
やめてほしいんだけど…
みたいな、
ある意味ものすごい
カオスな歌なんですよね
なんでこの歌をメモっていたのか…。
それに対して
大海人皇子が
「紫草のにほへる妹を憎くあらば
人妻ゆゑに我恋ひめやも」
って、返歌を歌っていたりもして、
紫のように香り美しい
あなた(額田王)のことが憎かったら
どうして人妻なのに恋い慕うことか…
という、
ええっ、それって
未練タラタラじゃん…
みたいな歌だったりして。
しかも、この歌はどちらも
宴会の席で披露されたもので、
そこには
額田王、元夫・天武天皇、天智天皇
3人揃っていたとも言われ
それもびっくりなんですが、
もっとびっくりなのは
天武天皇と天智天皇は兄弟で、
天武天皇が弟、天智天皇は兄、
兄が弟の奥さんをとってしまった、
という事実
のちのちこの二人は対立して
歴史的に有名な
壬申の乱に結びつく…という
和歌自体はお遊びの要素も多く、
この歌の真意は
粋な大人の世界を
表してるのかもしれませんが、
歴史の一端が
この万葉集に隠されていたりするとは
なんとも感慨深いですね
ついつい
話が逸れてしまいましたが
で、その万葉同好会というのは
担当の先生がとても熱心な国語の先生で、
さすがに女子高生ですから
大人の恋愛をここから学ぼう!
とかっていうものではなくて(笑笑)、
万葉集に出てくる植物と
人々の暮らしの関係を調べるために
みんなで
フィールドワークに出かけたり、
和歌を詠んでみたり…と、
そういう健全な部活動でありました
なんかの草花が
ブックカバーの間に挟んでありました
きっと万葉集に出てきた
草花だったのでしょう。
なんだろ?…
私は万葉集に出てくる
それぞれの和歌の、
言葉の流れや韻の踏み方や
そういうのがすごく好きで、
そこから
日本語の豊かさを学んだ気がします
例えば、一番好きだったのは
「石走る垂水の上のさわらびの
萌え出づる春になりにけるかも 」
という、
滝の上に蕨が出てきたなぁ〜
というだけの、
春の風景を歌った
志貴皇子の歌でした
万葉集は、
〇〇天皇や△△皇子といった
身分の高い人だけでなく、
庶民の歌も集められていて、
身分が高かろうが、低かろうが、
どの人も同じように
人を恋い慕い、別れに涙し、
自然に心動かされ、
そういう「人間」という部分で
編まれているのが
最大の魅力ではないかと
個人的には私は感じています
なんともオタクな話に
なってしまいましたが
肝心の「令和」の出典元も
見つけました
初春の令月(れいげつ)にして、
氣淑(きよ)く風和ぎ、
梅は鏡前の粉を披き、
蘭は珮後(はいご)の香を薫す。
高校時代に読んでいたとは思いますが、
まさかこれが
後世の元号のもととなるとは、
当然ながら
思いもよりませんでした
あらためて
声に出して読んでみると、
なんて美しい日本語と
その音なのでしょう。
言葉も美しく、
言葉が紡ぎ出す風景も
ただ、ただ、美しい…
「令和」とは
人々が美しく心を寄せ合う中で、
文化が生まれ育つ、
という意味で、
「Beautiful Harmony」
と英訳されたと聞きました
令和という時代を前に、
これから新しい万葉集が
編み出されていくのだなぁと、
そんな気持ちになったりした
ジャカルタの今朝でありました
それではみなさま。
すてきな週末を
お過ごしくださいね
ありがとうございます
お星さまのような
ペンタスの花、
シンガポールにて