こんばんは。
そののんです音譜

病気のことについて
書こう、書こうと
思いつつ…。
なかなか
しんどかったことは
書けないものなんだなぁ、
と思いました

病気というカテゴリーに
かかわらず、
どんなことでも
痛さや辛さを
忘れてしまうからこそ、
人間は
生きていける、
というか、
忘れないと
先に進めないことを
知ってるから
忘却の彼方に
しんどさを置いてくるのかな…と。

そんな風に思うことが
よくあります

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突発性難聴は
私が生まれて初めて
救急搬送された
病気です。

私のキャパシティを、
おそらく
大幅にこえる
ミッションを
知らず知らずのうちに
かかえていて、
そのストレスに
およそ半年間、
さらされていました。

そのミッションを
なんとかクリアして
ホッとしたとき…。

ものすごく、
気だるい感じが
私をおそいました。
もう10年以上前の
ゴールデンウィーク明けの
ことです。

喉が痛くて
のど飴を食べても
治らなくて。
風邪でもひいたのかな?
と思っていました。
そのうち
耳が痛いような感じもして。
耳が詰まるような感じもして。

耳鼻科に行ったほうがいいかな、
と思っていたけれども、
どうしても
抜けられない、
隣近所の用事があり、
耳鼻科の午前診に
行きそびれてしまいました。

その日の夜お月様
夕ご飯もなんとか
作り終えたのですが…。

そのうち、
だんだんと
座ってもいられないほどの、
天井も床も、
何もかも、
ぐるぐると回転するような
すさまじいめまいと、
吐き気、嘔吐におそわれ、
帰宅した夫、ブラウンの車で
近所の耳鼻科の夜診に
連れて行ってもらったのですが
あいにく
ものすごく混んでいて…。

もう歩けない状態だったので
車の中から
夫に119番してもらい、
その場から
一番近い総合病院に
搬送されました。

もう夜も遅くて。
小さな子どもたちを
放っておくわけにはいかず、
救急車のあとから
夫のブラウンは
子どもたちを自分の車に乗せて
ついてきました。

救急車の中で、
「ハイパー気味。」と
救急隊員の人が、
病院に伝えていた一言を
覚えてます

過換気症候群、ですね。

次は、
病院に
救急搬送された時の
急性期の時の様子について
書きたいと思います病院