マーラー交響曲九番のお勉強とその準備を始めた。素材として、楽譜は手元にあるウニファーサル出版版で、無料DLサイトのものとかわらないようだ。然し古い版というのもあってそれも落としておく。車でも拡大して見れるからだ。

その他音源では、なによりも2021年10月2日のブレゲンツでのペトレンンコ指揮の中継録音である。当日そこにいると普通はあらが目立ち始めるが、再度聴き始めると素晴らしい。思っていたよりも指揮者がやりたいことが分かる。つまり来週木曜日の生中継での予想がつきやすい。それは翌日が早いので、その場で録音したものを持参できるように直ぐに準備しなければいけない。そして今回は通常は三回定期演奏会で披露して、最終日に生中継されるものが二回に留まっている。三回目はアムステルダムの本番である。ベルリンではいつ三回目を指揮するのだろう?

もう一つの音源は1938年のヴィーンでの歴史的演奏録音である。1912年に作曲家の死後初演をした弟子のブルーノ・ヴァルターがヴィーナーフィルハーモニカーを振ったもので、前年1937年に録音をしようとしていたが見送られていたものだ。SPレコード20面になって英国に運ばれたと書いてある。指揮者ペトレンコがヴァルターの演奏を参考にしたというからにはこの録音以外にはあり得ないだろう。

同時に作曲家が初演を聴いていないことからの疑問がそこでは晴らせていないということをペトレンコは婉曲に発言しているに違いない。当然のことながらバーンスタイン指揮等手元にあるアバド指揮の録音なども最早役に立たない。

写真にあるように一楽章を終えてチューニングをした上の録音の一楽章を少し鳴らしたところで、とてもはっきりしたのはまさしくその声部間の鳴らせ方である。勿論今回と秋の演奏会で決定的な演奏が為されることは想像に難くない。歴史的に最終的な演奏行為ではないかと思われる。それでもあれだけの重なりを誤魔化しなく演奏される努力がされ、こちらも一瞬も聴き漏らすまいとして集中していたラぐったりするだろうと思う。

それだけマーラーの書法はあまりに素晴らしく、舞台神聖劇「パルジファル」でその枯れた魔法のような筆使いと言われるヴァ―クナーのものよりも達筆だと感じるがさてどこまでお勉強で真髄に迫れるか。とても武者震いする楽曲で、復活祭の第九の流れにもあると思うとドキドキする。

復路の為は適当な「田園」交響曲などの録音を持参するが、往路で車を飛ばすなど本当にそうした運転をする気分になるのかどうか。全曲を四回も繰り返せない途上で無駄は出来ないと思う。出かけるまでに十分に頭に入ればとも思う。

南ティロルのトブラッハからヴァルターに創作のことを1909年に書いている、そしてニューヨークから心境がガラッと変わったことを伝えている。この辺りは伝記やマーラー研究若しくは映画等で扱われている事である。今回は全くと言っていい程重要ではない。なぜならば、その音楽の真髄へと迫りたいからである。

真髄とはなにか?それは創作家が筆を進めて行ったその必然性や心境に迫れることであり、スケッチだけの研究では至らない校訂によっての創作意思を見極めることであるからだ。指揮者ペトレンコはその天与の才によってそれを我々に示してくれる。



参照:
全てに向けたお別れの歌 2021-10-07 | 音
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