承前)音楽劇場創作の意図。演出家が語っていたことは、距離を置くという事である。散文的な語りと音についての相違から話していた。自らが歌手出身で、それも古楽を目指していたことからかモンテヴェルディも例に挙げた。そこからその歌の意味するに二重の意味へと話しが及び、モンテカルロの小劇場での芝居での仕事について語る。またプッチーニのゴローは100回以上も歌い、今回は練習でペトレンコの指揮でピンカートンを歌ったと自慢していた。

今回の演出では、なによりも大枠の設定が所謂レジテアター狂の人達にはなによりもの関心事なのだが、そもそもこの演出家には例えばヴィリコフスキーのような高次のアイデアが先に存在していたのではなく飽く迄もプッチーニの書き残した楽譜から導き出されたものであることが分かる。

その音楽的な細部に関しては第二夜公演までに自分自身でも確認しなければいけないことが幾つかある。然し演奏をそして演出を通して明らかになったことは幾つもあり、その具体例に関して、自らが調べるための整理としておかなければいけない。

一つは一幕冒頭のフーガに関してであり、その長崎の喧騒を示す音楽に対して、牧歌的な音楽が続く。この対比が何を示すのか。また、三つの日本のメロディーつまり、当時のイタリア領事夫人の旧長州藩士野村素介の娘大山久子がことで弾いたとされる「サクラ」のメロディ、そして「君が代」、そして「宮さん宮さん」でお馴染みの「トコトンヤレ節」そしてピンカートンが導かれる「星条旗よ永遠なれ」の重要な関係である。

領事の大山綱介が旧薩摩藩士であることを考えれば、既にサリバン作曲「ミカド」で知られていた「宮さん宮さん」への視座もはっきりとそこで習ったことは間違いがない。それはプッチーニの楽譜に明晰に表現されている。それは同時に西洋音楽における厳格な摂理を示すフーガで何故このドラマが始められるかの回答にもなっている。それが正式名称の「日本の三幕による悲劇」とされる音楽ドラマであろう。

音楽劇場作品をお勉強する場合は先ずどのような形式が採られているのか、それがどのように音楽的に表現されていいるのかが問われる。演出家が語っていた様にヴァ―クナーのような秘教的な何かがそこで表現されている訳でもなく、勿論ヴェルディのように社会政治ドラマが其の儘舞台に展開するわけでもない。

音楽的にイタリアのオペラの伝統に則ってアリアが残されていることで、冒頭の散文とその音の話しに繋がっていたのだろう。それをして距離感をおくとしたと考えてよいのだろう。

そして先にこの演出の視線はその子供からのものであり、それが黙役として一昨年の「影のない女」の13歳の女の子のように登場するが全く喧しくないのは、音楽的にも全く邪魔しないからである。そして何よりもその視座が、今の我々の日々の世界観そのものであり、プッチーニの活きた20世紀初頭の目とも重なるからである。例えばピンカートンを通して、そして芝居を通して我々に見せる黒い鏡のようなものが劇場だと考えている。そしてそれが全てどのようにプッチーニの楽譜に書き込まれているのか?勿論ト書きなどは参考になるだけで、楽譜以上の意味はどこにも見つからないだろう。それをお勉強していく。(続く



参照:
シン植民地主義者の恥 2025-04-08 | 文学・思想
原罪のエクスタシー 2023-04-16 | 文化一般