
(承前)ブルックナー交響曲五番でシーズンを始めましたね。そして5月にはマーラー交響曲九番を指揮されます。嘗ての指揮者はブルックナーかマーラーで専門化していましたが、それに関してはどうですか?
自分自身の出自や教育、そして成り立ちから、マーラーは身近な存在でした。然し私の第二の故郷は私にブルックナーの眼を開かせてくれました。青年として大都市圏ではないフォア―ベルクでオーストリアに出合ったことからです。つまり、ヴィーンだけでなくて、フェルトキルヒでブレゲンツで、ホーヘネムスで過ごしました。
ブルックナーも地方出身。
それは作品に聴きとれます。彼の交響曲は峻厳な音楽的風景です。谷あり、山あり、雪壁あり、雨があります。それは、フォアーベルクのあたりを、そしてそこの人達を知ることでより分かるようになります。学生自分に、しばしばその山に行き、小さな街々を知りました。それは帝都ヴィーンとは全く違うもので、即ち自然に根差した素朴な変わらぬ世界です。ブルックナーを指揮するときはいつもそのフォアーベルクの時間に想いを馳せます。
ヴィーンのブルックナーやマーラーの伝統にどの様な感じで触れたのでしょう?
ヴィーンの響きと楽友協会黄金のホール、そして国立劇場の間には特別な関連があります。其処のはたはたと胸騒ぎのする鳥肌の立つような豊麗で正常心を乱すサウンドです。数えられないほどのマーラー作品を体験して、勿論幾らかのブルックナーも聴きました。そこで音楽を浴びると、徐々に解ける決まった音楽の姿を得ることになります。楽器の声部が、音楽の糸が、ハーモニーが絡み合うその姿です。それは響きの中にある街中で出合う青年様式の退廃です。それは丁度マーラーの演奏会後に分離様式を通り過ぎるようなものです。若しくはマーラー自身が音楽監督だった国立劇場は正統的な場所であり、そこが源泉であるということです。
マーラーの固有性に関して取り分け何か語り掛けるものがあるでしょうか?
彼のユダヤ主義に関しては取り分け関連する私自身には大きな意味合いがあります。それに関しては、幼少•少年時代のソヴィエトでの私の家庭ではユダヤ主義には無関係でした。その慣習や祝日なども祖父母や曾祖父母から知っていただけです。宗教的な結びつきが持てなかったのは残念です。マーラーの音楽に感じるそれへの憧れがありました。その宗教も告白的なものではなくて、俗にあるそれが、マーラーの例えば「精霊を呼び起こす」交響曲八番におけるように、彼の作品の至る所に見つかります。
マーラーの感性一般をどう身近に感じる?
マーラーには自分でも感じる疎外感があります。マーラーのいう「自分自身は三重によそ者で、オーストリアではボヘミア人で、ドイツではオーストリア人で、世界ではユダヤ人なのです。」。この気持ちをソヴィエトからの移住者である私は知っています。(続く)
参照:
実存のそのピクニック 2021-10-05 | アウトドーア・環境
鳴り響くユーゲント様式 2022-02-18 | マスメディア批評