ミュンヘンに出かける準備を始めた。金曜日に抗原検査を受けるのでその結果が出るまでは仮準備である。天候はこの時期としては万全に近い。路面は乾いている。

土曜日の買い物はまだ決めていないが、ワイン街道を10時半ごろに出れば16時入車目標である。公演時間は探しても分からない。シルマーが指揮した録音は2時間ぐらいなので、可也間に1930年代の曲を挿入しても休憩入れて3時間とみている。18時始まりなので遅くとも22時には帰路のアウトバーンを走っている予定だ。

日曜日に生中継されたヴィーナーフィルハーモニカーの定期演奏会は翌日は人を入れて行われた。その新聞評などが出てきている。概ね見解は既に言及したように今回初めてキリル・ペトレンコがこの座付き管弦楽団を振る意味が理解されるようになったようである。

新聞によるとそのプログラム自体が古都では教育的な意味すらを持っていて、シュニトケなどはこうした名門楽団の定期会員には受けないから、折からの規制の面倒さと合わせてがら空きになった大きな原因だとしている。

そうした多様式スタイルの楽曲に後半の単一様式のスクリャビンを据えて、今度はヴィーナーフィルハーモニカーの多様性を示したとしている。他紙では、そもそもオーストリアでペトレンコが楽譜から綿密に引き出す音楽が知られておらず、更の分厚い後期ロマンティックな楽曲での透明な響きに言及している。

既にミュンヘンの座付き楽団とは何回もヴィーンで指揮しているのだが、如何によく理解されていなかったかという事だろう。即ち今回楽友協会の黄金のホールでのヴィーナーフィルハーモニカーの演奏にそれをいくらかは実感できたという事になるようだ。

なるほどベルリンにおいても未だにコーミッシェオパーのペトレンコとして認識しているのは素人だけでもなく玄人筋でもいたことを考えれば、ヴィーンでも何も聴けていなかった人が殆どだったという事だ。

ネット放送などで通常の不可逆に圧縮された音源では音楽が分からないという指摘がある。しかし嘗てのアナログ時代の磁気録音テープなどと比較すれば音楽の骨子は手に取るように分かり、圧縮か非圧縮化の差はマイクを通すか生との差に比較すれば限られている。まさしく、上で述べられている会場での鳴り方は、マイクを通すと残響としてしか中々把握できない。

また、三拍子をして、他紙が書くように潜在的な協調関係から、次の楽団の多様性であるノイヤースコンツェルトを振るのはペトレンコだと、ベルリンのジルフェスタ―コンツェルトを抜けることがないのを知っていて書いている。これはフィルハーモニカーの指揮者の選択の基本条件として挙げたことにも対応した言及であった。



参照:
Partnerschaft mit Potenzial, Christoph Irrgeher, WienerZeitung vom 14.12.2021
Wiener Philharmoniker endlich mit Petrenko, Ljubisa Tosic, DerStandard vom 15.12.2021
劇場への強い意志を示す, 2021-12-15 | 文化一般
同様な傾向になる計算, 2021-12-12 | 音