承前)東京でも演奏される予定だったプログラムの前半はメンデルスゾーンの「スコットランド」交響曲。この曲はキリル・ペトレンコは2016年4月のヴィーンのニコライコンツェルトで定期公演デビューした時に「大地の歌」の前に演奏され、放送された。更にコロナ期間中にも夏のツアープログラムに第一交響曲も指揮した。

メンデルスゾーンの作曲はドイツ音楽の中心にあるものでナチ政権下に消え去られようとしていた伝統であった。どうしてもペトレンコにはそのルネッサンスを期待したくなる所以である。

今回は公開練習で予定されていたので特別にダリウス・シマンスキーがレクチャーをした。その内容がまた面白かった。つまりこの曲における作りに興味が向かう。要するに語り口調が其の儘音楽になっていて、古城の風景へと「彼の時に」との語りかけから始めるというのである。交響曲にそうした物語を持ち込む形やスコッチの其の儘使うリズム、そして同様にその伝統が移されたドヴォルザーク「新世界」で使われていることと同時に、やはり重要なのは弦と木管との関係。

管弦楽においては、木管こそが音色を制する楽器であり、それがどのように弦と混ざるか、それによって管弦楽の音色が決まる。その観点においてはこの曲の序章からの運びはとても重要な例となる。謂わば19世紀の管弦楽の大きな流れの重要な創作ともなっていて、ブラームスはこの交響曲を研究していて、この創作がなければブラームスの創作もなかったという事になる。即ち独墺音楽のメインストリーム以外の何ものでもない。

さて、そうした視点からすると、ペトレンコ指揮のパユを中心としたベルリナーフィルハーモニカーの試みはまだ完成しているとは言えない。木管楽器陣は各々が顔を合わせながら合わせているのであるが、ペトレンコ指揮のある意味点描的なリズム的正確さの中でどのように木管そして弦楽を合わせられるか、とても大きな課題となっている。

上の点に期待していた聴衆には結果は十分に満足出来るものではなかったかもしれないのだが、恐らくこれが最大の課題であって、とても大きな期待に繋がる。ここ数年そうした比較も含めて最も素晴らしく木管群が完璧な純音程で音色を作っているのはファゴットを中心としたフィラデルフィアの管弦楽団であることを確認している。既に弦楽陣の表現力では世界の頂点に掛かっているベルリナーフィルハーモニカーであるのだ。

後半のショスタコーヴィッチにおいても嘗てのカラヤンサウンドのそれとの比較においてもとてもよく鳴り切る楽団になっていて、ここ二三年で完成へと近づく勢いである。コロナ禍によってその工程が危ぶまれた時期もあったが、どうも肯定的な面があったとするのが共通した見解になりつつある。

極東、東京公演は生憎中止になったのだが、その代わりにバーデンバーデンからスカンディナヴィア公演、ハムブルクを挟んでそしてローマ公演と数回の公演を繰り返した。その結果は知らない。しかし、来年の夏のショスタコーヴィッチ曲の再演も含めて、大きな発展がここで観察される筈だ。(続く



参照:
ビッグファイヴの四つ目 2018-05-28 | 文化一般
そろそろの潮目時 2021-10-21 | 暦