夜中の雨量は多かった。翌朝も道路が冠水しているところもあった。珍しい気象配置だったと思う。お蔭で車の横を水で洗えた。

メルケル首相の演説では最早コロナは政治の主要課題ではないとあった。コロナ禍の終焉が近い。秋にはデルタ変異株で遅かれ早かれ再び上昇へと移行するとされているが、接種が進んでいればもう二度とロックダウンとはならないというのが専門家の見解である。

デルタ変異株の比率が上がる一方新陽性者数も死傷者数も落ちる一方で下げ止まるの感は殆どの地域でない。比率が上がるのも全体の感染者数が下がれば比率が上がるともされている。

ミュンヘンの歌劇場での増員が決まった裏側でバイロイト祝祭劇場での増員が決まっていた。900人へと200人から急拡大されていて、その根拠は明らかにされていない。バイロイトで半数近く収容できるなら他の近代的な空調の効いたホールでは一杯に出来る。当然のことながらミュンヘンと同じようにテストなどがされるが、とても危険な判断である。

さて、ブーレーズ指揮の「トリスタン」三幕を流した。ミュンヘンの新制作でタイトルロールを歌うヨーナス・カウフマンがその三幕の問題について語っていたので余計に興味深かった。やはり、そこはまともに歌われていないという意味は分かった。だから今回は初めて楽譜通りに歌うと話していた。又省略も今度は全く無しで演奏されるというのである。

歌に関しては明らかに演奏実践の積み重ねで独自の歌唱がなされるようになっているようだ。大阪で歌っていたヴィントガッセンも戦後を代表するバイロイトの歌手であるが、とてもいい加減さが気になる歌唱を通している。引っ越し興業なのでブーレーズがなぜか振っているのだが、本番はカール・ベーム指揮で実況録音が出ていて歴史的代表的録音とされているものである。

個人的にはこの録音でブラヴォーを叫んでいるのはどこか知っているような声にも思えて、この公演の夜や前後を思い出す。

歌手に気の毒なのはN響が手慣れた座付楽団でもないので歌手を支えるような演奏が全く出来ていないことで、これが出来る交響楽団はドイツでも少ないだろうから仕方ないのかもしれない。しかしみすぼらしいのはイングリッシュホルンのソロやその他木管や管楽器類で当時のN響の団員にはまだまだ軍楽隊出身者がいたのではないかと思うぐらいだ。流石現在のN響とは違うだろう。

要するにブーレーズが如何に頑張っても少々には改善できないことばかりで、それでも最後までしっかりと振っているのはそれはそれで指揮者としての実力を感じさせる。



参照:
とことんまで付き合う 2021-06-24 | 文化一般
夏至の頭に響いた音楽 2021-06-22 | 暦