ベルリンからの中継を観た。とても良かった。先ずは、就任のキリル・ペトレンコが醸し出すフモールな雰囲気が今後の活動をよく示していて、只の仕事師ではなく創造性が充分に感じられた。特にベートーヴェンプロジェクトを語る内容にも一種の軽やかさとヒュマニティーがあり、そして喜びが体現されていた。その通り、3Fと表現した。

Freude ― Freiheit ― Frieden

喜び、第九であり、自由、「フィデリオ」であり、平和、「ミサソレムニス」である。最後の逸話として、ミュンヘンの新聞の批評にもあったように ― 間違いなくペトレンコはそれを読んで ― その時にミュンヘンで開かれていた世界和平会議の参加者に「ノービスパーツェ」と聞かせてやりたいと、とても明快なメッセージを出した。そして、これらこそが世界の欧州の現状に言及して現実的な課題とまで踏み込んだ。同時に第九の前に演奏する「ルル」でも喜びだが、また異なるとしていて、面白いことをいい、最後に「喋り過ぎたかな」と、どこまでも語り続けそうな勢いだった。

プログラム的に驚いたのは、ペトレンコ自身が言及したように「ミサソレムニス」が先ずバーデンバーデン限定で、「間違いなく後のシーズンに来る」ということで、更に言及は無かったがマーラー四番のプログラムが定期に入っていないマーラーフェスティヴァル欧州ツアーとイスラエルのための限定だったことである。

その為に、ジルフェスタ―のポップスプログラムは予想されていたが、もう一つのスーク作曲「アスレアル」プログラムの可能性を迂闊にも落としてしまっていた。早速ベルリンの宿を予約したが、もしかするとこのプログラムは来年のオープニングツアーに乗るかもしれない。まだ時間があるので判断しよう。ジルフェスタ―の遠足プログラムはARTEも放送するようだから出かける必要は全くなくなった。時期を見て予約した宿をキャンセルしよう。つまり個人的には一度出かけるか、全く無いかだけで、ペトレンコが言うように就任2年目からは新曲も初演するので、来年はまだ過渡期である。スークは長中期的にメディア化すると本人から言明された。

テムペルホーフでの「出会いプラン」は上手く行くかどうかまず試すところのようだ。その他の社会的な活動としてのGPの招待などへの難民の招聘もベートーヴェンで述べたようなそれなりの色が出ている。

その他では、マルリス・ペーターセンをレジデンスアーティストとしたことで、紹介するときに「喧嘩相手」としたのは笑わせてくれたが、「フィデリオ」上演が1814年の第三版と明記してあって、なるほどペトレンコが言うように可成りのペーターセンには要請となる。それどころかポレンザーニにも可成りのプロジェクトとなるのではないか。そして最後の二回はフィルハーモニーで「従来通り」と特別言及があったので、試行錯誤はあったのだろう。いづれにしても舞台を録画しない限り練習時間さえ充分ならばそれほどの問題は無いだろう。確かにペトレンコの日程は三月が完全に空いている。さてどうなるのか?

その他、最大の疑問だったオープニングが23日で、24日のオープンエアーがブランデンブルク門でとなって、RBBが昨年と同様に中継する。その他レパートリーとして、周辺作品としてそれ程でなくても質を重視して場を限定して演奏、マーラーを身近な指揮者作曲家として「六番、ここで指揮すべきだったのですが」と笑わせる。グラズーノフ、スクヤビン、グリエールなども、またオペラを含むヒンデミット、ハルトマン、ヴァイルにも言及した。



参照:
愛しい、我が音楽の故郷 2019-03-18 | 文化一般
「平和を」の心は如何に? 2019-02-22 | 女
いざアルテオパーの心 2019-04-29 | 生活