承前)ミュンヘンから帰ってきた。いつもなら旅行話から始めて、なんだかんだとその体験を回想する。しかし今度は三度目の公演も中継され、再び楽譜を見乍ら鑑賞できるので、その時にもう少し詳しく調べてみたい ― 凡人が準備中に想定していたことなどは天才は実践としてやり遂げていたのは間違いない。そのような細かなことよりもなによりも簡単に体験したオペラ鑑賞記をざっくりと認めておこう。

結論からすると、三幕「ジャンニスキッキ」が殊の外素晴らしかった。そして一幕「外套」は到底放送では聞き取れないほど繊細な内容だった。二幕はお待ちかねのヤホ女史の声が残念ながら初日のようには出ていなかった ― お陰で客席で号泣するような見っとも無いことにならなくてよかった。その分管弦楽が雄弁にドラマを支えていたが、若干次回の中継のための準備というような感じもした。それでも評判を聞いて駆け付けた人々は十分な喝采をしていた。因みに当日のキャスティング表にはヤホの名前の代わりにルート・イレーネ・マイヤーというちょい役とか合唱で歌っている人の名前が入っていた。案内所にはこれを尋ねる人が他にもいて、実際、真偽は確定不可だが、そこで確かめると「印刷ミス」という公式の情報だった。

「ジャンニスキッキ」が芸術的にも飛び抜けていたのは、そのコメディアデラルデ風の演出と、ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」を想像するしかない偽後期ルネッサンスから初期バロックのそれを楽しめたからにほかならない ― とにかく「英雄の生涯」ではないが「ボエーム」や「バタフライ」だけでなく自作も含めて本歌取りを試みているようだ。予想通りに出だしは初日よりも快速だった。それでもオペラブッファ風に飛ばしたりはしない。プッチーニの音楽の行き着いたところだろう。例のヒット曲の歌も演出と合わせてとても良い出来で、歌ったロザ・フェオラという歌手は一流の人だと分かった。なるほど商業芸能世界でいつも求められているような歌唱ではなくて、全体の中での中々巧妙な歌なのだが完璧に熟していたと思う。相手役のパヴォロ・ブレスリィックという歌手も大したものである。しかし何といってもタイトルロールのアムブロジーオ・マエストリはその体格といい、声といい、この日の公演の目玉だった。まさしく、初日のヤホに続き、日替わり目玉連続公演である。これだけ上演の多そうなオペラであるが、様式的にも音楽的な成果も含めて中々これほど充実した上演はないのではないかと思った。

あり得ないという意味では、恐らく「外套」における管弦楽は、その精緻さでまるで昨年の「南極」世界初演に匹敵するような弱音で、王のロージェの横の席でも聞き取れないほどの音を弦楽が囀っていた。ゲネラルプローベから初日では殆ど印象派的な管弦楽と評されていたが、それには止まらない。それでも「南極」の時のように神経をすり減らすような弦楽にならないのは、しっかりとアンサムブルとして協和しているからで、このような管弦楽はオペラでは今まで存在しなかったのではなかろうか?この日の本当の縁の下の力持ちであり主役はバイエルン国立管弦楽団であった、そして音楽監督ペトレンコ以上に喝采を浴びていたことも記録されよう。

そのような繊細極まりない管弦楽がさざ波のように支えるものだから、大きな弧を描ての最後の破局への盛り上がりは尋常ではなかった。それがセーヌの霧が漂う中から始まり、背後のタイムマシーンで人々が過去へと、未来から過去へと一夜の中で行き来する訳だから、まさしくオールドファンには懐かしい米TVシリーズのそのままだ。これが音楽的な設計図である。予想通り、ヴォルフガンク・コッホは徐々に板について来ていて、どうしても「影の無い女」のバラックとその妻とのシーンを思い出してしまう。三幕まで決してシュトラウス的な響きも複調感もこの三部作には欠けない。それゆえに、初日への批評でも「落ち着かないヴィヴラート」とあったようにオランダの宝エヴァマリア・ヴェストブロックの今日的には荒っぽい歌がしっくりとこなかった。サイモン・ラトル指揮での共演は多そうだが、若干場違いな感が強かった ― 昨年イゾルテを聞いていて、その評判の悪かったことを後で思い出した。そこまでの違和感はなかったのはとても立派なヨンホー・リーの歌声で、しかしこのような管弦楽にはもう少し巧妙な歌唱が可能ではないかと思った ― 要するにバカでかい声で終わってしまう。

同じように声の力では二幕「修道女アンジェリカ」のミヒャエラ・シュスターが見事過ぎた。恐らく初日は小柄で華奢そうなエルモネーラ・ヤホが負けじと歌っていたのだが、流石にあれだけの鬼気迫る歌は毎回は続かないだろう。土曜日の中継に合わせてくるのではなかろうか。オペラ劇場通いはそれほどしておらず、初日も精々ザルツブルクに通ったぐらいなのだが、歌手陣に関してはやはり初日狙いというのがよく分かる公演だった。ペトレンコ指揮の管弦楽団に関してはどんどん良くなってくるのだが、これも劇場の常からすると例外的で、初日が一番緊張感があってよいというのは常識である。「南極」の世界初演ほどには、「ルル」の初日は、手探り感が強く、それほど特別ではなかったことも付け加えておこう。

ドイツの歌劇場の現代の歴史的エポックとして、ヴィーンのマーラー時代などと並んで、ベーム時代のゼムパーオパーとかが挙がるが、キリル・ペトレンコ指揮のバイエルン国立歌劇場はもはや歴史的な評価に達したと思う。オペラ評論として、今公演をして「永らくなかったような大成功制作オペラ」と評される意味は、勿論演出、音楽、配役を含めたことであるが、それは否定しようがないと思う。(続く

IL TRITTICO: Trailer


参照:
圧倒的なフィナーレの合唱 2017-06-05 | 音
我々が被った受難の二百年 2010-04-04 | 音