二つほど発見のニュースが紙面を賑している。一つ目は、ボスニア・セルニアの将軍カラドチチの逮捕である。EU各国は諸手を挙げて喜んでいる。

この民族主義政党の創立者であり、米国コロンビア大学で研究歴のある医学者は、既に1994年に国際裁判所へと訴追されていたようだが、紛争終了後も地下に隠れていた。

一説には、その当時米国との取引をしていた事実がニューヨークタイムズで1998年に流され、フランス政府もこれを囲まっているとの噂が絶えなかったことから、所謂ユーゴスラヴィア紛争陰謀説の元凶であり鍵を握っている人物といわれている。

さらに、セルビニアの国内の政治意識の変化の表れとして、EUはこれを受け取っているため、一挙に大きな山が動いた事になる。

これにて、ニュルンベルク・東京裁判後半世紀して起訴された将軍が正式にハーグの法廷で裁かれる事から、紛争へと至った「民族への罪」が慎重に裁かれることになるようだ。その要点は、人道に背く犯罪は、その実行犯ならず、その組織を司る高官まであらゆるレベルで裁かれることである。要約すれば、指揮権を持っていた人物がそのような犯罪を認知していながら、阻止する手段を講じなかった罪である。

もう一つの発見は、そうした官僚組織や政治組織の問題を扱ったマックス・ヴェーバーの「職業としての政治」の手書きスケッチがこのほど再発見されたことである。その存在は知られていて、ファクシミリとして研究者には馴染みのあるもののようであるが、この度スイスの古文書商の中継ぎで、現在の匿名の持ち主よりドイツのアーカイヴにオファーが出されたようである。

ファクシミリに写されていなかった頁の裏面などもあって、この文章の土台となる1919年のミュンヘンにおける講演の内容を知る重要な文献となるようだ。作者の愛人に関する個人研究のみならず、鉛筆で消されているようなスケッチは、社会学におけるセンセーショナルな発見と評価されている。

「職業として」のシリーズは、知的創造活動をも社会学的に考察するが、別の記事に眼が行く。ライプッチッヒシューレと呼ばれる代表画家のネオ・ラウフが高等専門学校を辞職すると言う。理由はそのマスプロダクトのシステムが気に食わないからだ。

芸術畠のことなので当然と思い詳しくは追わないが、ヴェーバーの時代にはまだ十分に現実化していなかった教育現場という創造性を欠く職業としての一般的な問題に違いない。