帰宅して時差と戦っている。欧州と日本の時差で苦しんだ経験はそれほど多くはない。その数回にも至らない中でも、特に「旅先の欧州」での時差経験は後にも先にも一度しかない。二度目の欧州訪問から欧州に移住したからである。その後、新居住所から生まれ故郷の日本を往復して以降、欧州に永住している。そして、新しい故郷から日本へと旅行した経験すら今回を含めて二三度しかない。だから、欧州夏時間に伴う七時間「戻りの時差」は、この方三度目の経験である。

時差が人体に与える影響は大きく、その一回当たりの時差順応における寿命の短縮は医学統計上にも示されているように、あまり頻繁に経験するのは良くないとされている。三回でどれぐらいの寿命が縮まったことだろうか。三か月ぐらいだろうか、それとも半年ぐらいだろうか?

神戸を朝の8時前に出発後、大阪の高速道路の交通事故の為か飛行機への物資の搬入が遅れ、定刻より三十分以上遅れて、やっと11時前に飛び発った。季節がらか採られた大変北よりの航空ルートは、北海道沖へと北上したのみならず、シベリアを更にその北辺をかすめるが如く北極圏へと向い、バレンツ海や北極圏遊覧飛行を堪能した。思えば、初めて欧州に渡ったのがアンカレッジ経由の北極回りであったが、ロシアの北辺を飛んだのは今回が始めてである。

しかし、当初の遅れは季節風を北から避けても取り返せずにフランクフルトに到着。変則的な着陸ゆえか、Cターミナルに到着後、初めから八つ目ぐらいに荷物を降ろしてもらいながら、予約していたバス停についたときには既に16時半を十分ほど過ぎていた。

急遽、停まっていたハイデルベルク行きのマイクロバスの空き席を、ギリシャ・スパイン系の米国人とブロンド米国人娘他の米国人やルフトハンザのスチューワーデスに続いて乗車する。急いでマンハイムでのお迎えの約束をハイデルベルクに変更して19時過ぎに無事帰宅する。

入浴後に軽く食事をすると22時にはどうしても起きていられなくなる。目が覚めると三時間後の土曜日の未明一時にこれを書いている。



参照:
薄ら寒い夏時間への移行 [ 生活 ] / 2008-03-30
時差ぼけ日誌四日目 [ 生活 ] / 2008-04-01