BLOGのある記事を読んで、空間把握の思い出に浸っていた。先日の夢の一部をなしていた想いでもある。

そして急に思い出したのが、初の欧州旅行時に感じた未知の鉛直方向の空間感覚であった。記憶を辿れば、ケンブリッジかロンドンにおける建造物に対するその感覚の覚醒であったかも知れないが、そのあとのイングランドでの短い滞在中にはそれを感じることはなかった。むしろ平面的な拡がりが高速M11を走るときの強い印象であったように覚えている。

その後の行程では、パリへと向ったが、エッフェル塔はおろかノートルダムを見ても全く垂直方向への視角は広がらなかった。そこからスイスへと向いマッター谷を詰めてツェルマットに入ると再び、マッターホルンの姿と共にその感覚は強まり、暗闇の大きな段差を登り、綱をよじ登って、雪の中を降りてくると、再び見上げる頂上はもうそれほどの視覚的な拡がりとしては捉えられなかった覚えがある。

しかし、その後、シュヴァルツヴァルトを越えて、フランクフルトから北欧へ飛び、デンマークから船で東ドイツを通ってベルリンに辿り着いた頃には、既に鉛直方向への意識は失せていた。そこからミュンヘンのドイツ最高峰へとロープウェーの山上駅から散歩をしたときには、再び鉛直方向への意識を強く持った。鉛直と言っても俯角も仰角もあって一概にその空間意識のありどころは探れない。ただ、その後の行程でもその感覚は殆ど得られなかったようだ。

実は、今日は朝から雨が降っていて、これが雪だったら大分感覚的に異なるであろうと想像した。オーバーストドルフの雪に閉ざされた冬景色と空気とその文化的な特徴を想った。先日触れた儒教や国学の意識を辿っていくとどうしても、こうした環境とは無関係ではないことが良く分かるのである。

もっと分りやすく顕著な例がプロテスタント教会の鋭塔であるが、先端恐怖症でなくとも、それに子供の頃から馴染んで居なければ、チューリッヒなどの教会の天を突くそれに注目しないものは居まい。そのような傾向は、ゴシックであろうが、ロマネスクであろうがカソリックの教会からは感じないであろう。アルプス以北で最も重要で大きなスパイヤーのドームにしても、その実際の高さは巨大さに隠されて誰も感じまい。ケルンの有名なドームでさえシルエットの美しさは感じても峻厳さは殆どない。常識的な印象をここに述べるつもりではなく、そうした建築に表れた宗教的な理念以上に、自然環境が人類に与える空間意識がそうした表現として用いられていることに気が付く事が重要と言いたいのである。

そこから推論して行くと、儒教や道教における空間感覚はやはり中国大陸のものであり、プロテスタンティズムがアルプス以北でなした意味合いも、その文化の南との流通の必要と共に非常に納得し易い。実際に、近代のアルプスの発見以前に、既に多くの絵画に背景として登場する垂壁類にはかなりにリアリティーを持ったものが散見される。ここで見つけたマッターホルンもその一つであるが、それ以上にデティールを抽象的に捉えたものも多い。

宗教的な背景としてスコラ派から宗教改革・カルヴァンまでの流れをこうした空間把握と対応させるのは一般的かもしれないが、そうしたアカデミックな創造も他の芸術のように原動力となるインスプレーションに注目すれば、形而下の議論のみならず当然の事ながら形而上の議論にも環境が大きな影響を与えているとすることも出来よう。

聖フランシスコの場合はあまりに有名であるが、トーマス・アキナスやダンテなども高度にまた垂直の壁に挑んでおり、その神学や思想に大きな影響を与えている。つまり、ここで、建築などにおける空間意識も実は環境から起された形而上学的な活動であるとするほうが妥当かも知れないのである。空間感覚は、なにも建築や造形芸術に形而上の意志を通して想像されるばかりではなく音楽や文学などにも直裁に表わされていると考えたほうが妥当である。

すると、「大極」の位置感覚もなんとなく中国大陸を旅行すると解ってくるのではないだろうか。もちろん国学の「天地のまにまに丸く平らか」も当然なのである。そしてここまでこれば、そうした環境がまたその感覚が社会の構造とその実体をなしていることが見えてくるようだ。

そして、そのような外界の影響を取り去ろうとする必然がアカデミズムには本質的に存在して、尚且つそうしたアカデミズムの作為が却ってこうした影響を吸引していることも中世から近世への歴史の中で繰り返されているようである。



参照:
Mountains - An Anthology, Anthony Kenny, 1991 - Introduction
文化的土壌の唯一性 [ マスメディア批評 ] / 2008-01-03
ポスト儒教へ極東の品格 [ マスメディア批評 ] / 2008-01-05
硬い皮膚感覚の世界観 [ 文学・思想 ] / 2007-11-15
名文引用選集の引用評 [ 文学・思想 ] / 2006-04-02