彼女が樽から注いだ あ ま い 泡立ちのピルツナー・ビーアが懐かしい。天真爛漫で実年齢よりも精神年齢は五つほど若かった。童女のように新鮮な彼女を目当てに、若者だけでなくおじさんまでが日参した。マジャールと南仏の混血である彼女は、小柄でブラウンの髪に、目にはマジャール人特有の灰色系の濁った銀河の中にいくつもの小さな星を輝かしていた。鼻筋の曲線は、弦楽器のS字孔にも似て弧を描いて、横顔のシルエットに長く筋を引いて独特なアクセントを与えていた。ゲルマン系の特徴ともスラブ系のそれとも違う骨格は、母親のラテン系の血を継いでいて、マジャール風のコンパクトな質量感も皆無であった。

常連さんと毎晩ゲームなどに興じて、甲高い声を深夜の店内に張り上げていた。早朝三時まで食事が出来たので、遠方から帰るときは彼女のビーアが楽しみで眠気を払いつつ車を走らせたのであった。我々が彼女にチョッカイをかけると、いつの間にか親父が草履がけで厨房から出てきていて、彼女との間に仁王立ちするのであった。いつも親父は客に聞こえるように娘に言った。「あいつ等はな、お前を狙っているだけだぞ。狼だぞ。」。いつも黙って大人しく聞いていた娘もある日、父親との会話の中で、「お父さん、どうしてそんなことを言うのと、」と相互理解に亀裂が生じ出した。既に親父と離婚している彼女の母親も、若いポーランド人の新妻の働く店にチョコチョコと顔を出すようになった。それから暫くして、彼女は他所で働くようになって客足も落ちた。親父は、娘を手元から放して「良いのか悪いのか分からんがな。」と自己に言い聞かせるのだった。心なしか親父の注いだビーアの泡が塩辛かった。しかし頻繁に店を訪れる娘は、明らかに束縛感から解放されていた。

父娘の原風景を見るような話だ。親父さんの自らの女性関係とそれを目の当たりにしていた娘の葛藤に、少なからずホームドラマを見た。「お父さん、心配だったね。男は皆、あんたと同じだからね。」とお返しして、ナタリーの幸せを祈るのである。