2004 03/19 編集
フランス公立学校での、モスリム頭巾禁止が欧州共同体に与える影響は大きい。新学期から全ての宗教的な飾り(十字架、ユダヤ帽子キッパ、頭巾ヒジャブ等)を「観せて」の通学は禁止される。今回の決断が英断でありえるのは、これによって旧植民地出身者だけでなく経済難民などが社会に融和して、セクト間の対立を政治問題化させない時である。夫々が譲歩する事によって、夫々の信仰の自由を冒さないという理屈である。しかし譲歩を奨めていくと無菌室的な社会になりかねない。全ての宗教的装飾を外しても中立的な教育は事実上不可能であり、仮に可能でも教育の意味を根底から失う。
公用語はトルコ語とまでいわれたマンハイム市で立派なモスクが建造された。コーランを四六時中スピーカーで流す計画は、阻止された。もちろんモスク側は、キリスト教会の鐘を根拠に反論した。多数決の裁定にのみ準拠すれば、政治問題化の危険を絶えず孕む例であった。
政教分離の不十分なドイツ、イタリアでは、フランスのようなエレガントな決断は事実上不可能だ。ゆえにバイエルン州での公立学校での教室の十字架、バーデン・ヴュルテンベルク州の女性教師の頭巾問題は、「宗教の自由」憲法のもとに法律の憲法遵守裁定もしくは議会の立法を余儀なくさせる。現在も個人から教会税を徴収して、夫々の宗派に分ける。政府と教会とのこのような関係は両国ともファシズム政権下でヒトラーとムソリーニが直々にヴァチカンと協定した。連合国に敗戦した両同盟国である。さらにドイツの場合は、連合国占領政策下に「第三帝国から転職」した連邦政府役人が、行政を継続した。
宗教と文化と政治の結びつきが強い欧州においても、空想社会主義同様に、幸か不幸か理想郷は存在し難い。社会における信仰告白を伝統的に良しとしないフランスの今回の決断は、プライヴェートでの「信心」とパブリックでの「意志」を識別する意味において、今後欧州統一の基本ラインの中に止揚されるだろう。
欧州における文化は、宗教的にも多様な相互干渉によって発達した。共通意志の基に融和と団結が求められる。共通意志として求められるのがキリスト教的「寛容の精神」である。
最近、カトリック色の強いバーデン・ヴュルテンベルク州で帰化希望者への口頭試験が履行されている。基本的な日常会話に加えて、社会契約が質問される。もっとも社会システムなどの自国民でも答えられない知識や思想・宗教的なものは慎重に避けられる。要は、基本的権利・義務への認識と、「自由」、「団結」、「権利」への意志を基本理念とするドイツ連邦共和国歌に集約できる。これは、度重なる議論の末に「第三節のみ」が1991年に公認された。これは現実への意志であって、未来への理想や歴史の過去には触れない。
参照:リベラリズムの暴力と無力 [ 歴史・時事 ] / 2004-11-06
フランス公立学校での、モスリム頭巾禁止が欧州共同体に与える影響は大きい。新学期から全ての宗教的な飾り(十字架、ユダヤ帽子キッパ、頭巾ヒジャブ等)を「観せて」の通学は禁止される。今回の決断が英断でありえるのは、これによって旧植民地出身者だけでなく経済難民などが社会に融和して、セクト間の対立を政治問題化させない時である。夫々が譲歩する事によって、夫々の信仰の自由を冒さないという理屈である。しかし譲歩を奨めていくと無菌室的な社会になりかねない。全ての宗教的装飾を外しても中立的な教育は事実上不可能であり、仮に可能でも教育の意味を根底から失う。
公用語はトルコ語とまでいわれたマンハイム市で立派なモスクが建造された。コーランを四六時中スピーカーで流す計画は、阻止された。もちろんモスク側は、キリスト教会の鐘を根拠に反論した。多数決の裁定にのみ準拠すれば、政治問題化の危険を絶えず孕む例であった。
政教分離の不十分なドイツ、イタリアでは、フランスのようなエレガントな決断は事実上不可能だ。ゆえにバイエルン州での公立学校での教室の十字架、バーデン・ヴュルテンベルク州の女性教師の頭巾問題は、「宗教の自由」憲法のもとに法律の憲法遵守裁定もしくは議会の立法を余儀なくさせる。現在も個人から教会税を徴収して、夫々の宗派に分ける。政府と教会とのこのような関係は両国ともファシズム政権下でヒトラーとムソリーニが直々にヴァチカンと協定した。連合国に敗戦した両同盟国である。さらにドイツの場合は、連合国占領政策下に「第三帝国から転職」した連邦政府役人が、行政を継続した。
宗教と文化と政治の結びつきが強い欧州においても、空想社会主義同様に、幸か不幸か理想郷は存在し難い。社会における信仰告白を伝統的に良しとしないフランスの今回の決断は、プライヴェートでの「信心」とパブリックでの「意志」を識別する意味において、今後欧州統一の基本ラインの中に止揚されるだろう。
欧州における文化は、宗教的にも多様な相互干渉によって発達した。共通意志の基に融和と団結が求められる。共通意志として求められるのがキリスト教的「寛容の精神」である。
最近、カトリック色の強いバーデン・ヴュルテンベルク州で帰化希望者への口頭試験が履行されている。基本的な日常会話に加えて、社会契約が質問される。もっとも社会システムなどの自国民でも答えられない知識や思想・宗教的なものは慎重に避けられる。要は、基本的権利・義務への認識と、「自由」、「団結」、「権利」への意志を基本理念とするドイツ連邦共和国歌に集約できる。これは、度重なる議論の末に「第三節のみ」が1991年に公認された。これは現実への意志であって、未来への理想や歴史の過去には触れない。
参照:リベラリズムの暴力と無力 [ 歴史・時事 ] / 2004-11-06