面会終了時刻間際の病院。
出口の近くで喉の渇きを覚え、自販機を求めた。
此方の廊下にあったはず。

そう。記憶に刻まれてるこの場所。
とある病棟に向かう廊下。
10何年前に何度も通った。

自販機そばにはレストランのラウンジがある。
ここにはグランドピアノが置いてあり、時たま院内コンサートが催されてる。

ふと、ピアノの音が流れてきた。
今日はコンサートないはず。
自動演奏…?

ふらふらと音に誘われ、レストランを覗きこむ。
先生が弾いている。
…バルトーク?

お医者さんは芸達者な方が多いけど、
かなり弾きこんでるようだ。
入口に別の先生と看護師が立っていて、目が合い会釈。
そのまま自分は立ち聴き。

看護師さんが声をかけてきた。
「お弾きになりますか?」


…かつて自分はここで弾いた事が一度あった。
10何年前。父が入院していた時。
治る見込みのない父に、
生きている間に、自分の演奏を聴いてもらいたい。
その一心で、院内コンサートを開いたのだった。

声楽の友人を招いて歌ってもらったり、
自分が仕事で弾いてるスタンダードなポピュラー、映画音楽、J-Popを演奏。
具合は決してよくなかった父だけど、
最後まで聴いてくれていた。


「いえ、今日は」
とっさに出た言葉。
…看護師さんが笑顔で続ける。
「月に一度位こちらでコンサートとかでピアノ使うのですが、それ以外にもたまに弾いた方が楽器のために良いと聞きまして。」

ふむ。確かに。
クルマと同じで、置きっぱはよくない。

「それでたまに、スタッフがこうして弾いてるんですよ。患者さんたちも興味もってくださるし。」

あぁ、その通りだ。
いろんな事が自分の頭をよぎる…
そしてなんか少し嬉しくなった。

「先生は発表会があるんで練習できて助かると仰ってますけどねw」
看護師さんも、楽譜を持参して、昔習ったらしき曲を弾いていた♪

…その場を去る時、看護師さんにまた声をかけられる。
「もしかしたらピアノの先生ですか?」

自分は答えた。職業と、かつてこの病院で弾いたいきさつを。
そして…今回は母が手術入院してる事を。

看護師さんは看護局長だった。
母の入院中、来る事があれば、寄って弾いて欲しいと誘われた。
今回母は父のように重症ではないので、一週間後に退院予定だ。

でも、もし自分の演奏がまた他の患者さんの和みや癒しになるのなら…
ふらっと立ち寄って弾く事もあるかもしれない。

クルマを走らせ帰路に着くが、
飲み物を買うのをすっかり忘れていた自分に気がつき、
途中のPAで購入したのであった(笑)


くりす みほ








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