動物であるとらが死ぬと立派な「皮」を残して、人間が死ぬ時には「名前」を残す。

私はいままで自分なりに頑張ってきたと思いこんできたような気がした。

だけど世間をみると、本当に頑張っていきている人々をみると私は恥かしくなる。

私が頑張ったこととしてはただ「自己満足」にすぎない頑張りさであることにやっと気が付く。


トラさえ死ぬ時は皮を残すのに、人間で生まれた私は何を残して死んだらいいのかと思えば、やはり恥にならない「名前」をのこしたくなる。



私の韓国の友たちが日本の男性とお互いに再婚しました。

友たちには連れ子はいなかったけど男性のほうに中学生二年生男の子がいます。

Kというその中学生はシンガポルで5年ほどくらしたことから英語の会話ができる子なんです。

なのに、いろいろ基本的なしつけや丁寧な日本語がみに付いていないまま、挨拶くらい声をだして表現できないのです。

いつも顔色は歪んだ顔や憎しみ顔、まるでしにそうな暗い顔つきをするので私の友たちはいつも悩んでます。さらに学校には行く日よりいかない日がもっと多くて最近はほとんど親があきらめた状態らしいんです。

どこの家庭でも、子供が思春期であったり、また勉学に励まないとだめな時期に親たちの離婚や再婚のことは

できる限り避けたほうがいいと思われます。

ある家庭の奥様はどうしても離婚したいことを子育てをために我慢して、その子供たちが大きくなって自立できるまで我慢しました。その後は離婚届けを出したらしいんです。

自分の辛い人生より、先 子育てを考えたその母親に私は感動します。


そうですね、辛いことから早く逃げることも一つの方法ですが、お互いに我慢しながら良い道を考えることも

大事ですよね。

         イラストロジック

2005年9月4日は韓国の母が亡くなった日です。

77歳でした。

私は母の気がきつい性格が嫌でした。 あまりにも性格が強すぎて他の兄弟や親類からも

あまり好かれなかったと思います。

私が描く好きな母の象は穏やかな印象の母です。

私がそんなに憎んだ母がいまは逢いたいですね。

母が生きてた間に仲良くしたらもっとよかったよね。


私はこのごろ「無」について考えます。

例えば、心の中を「無」の状態にするとか・・・そうですね、「執着」を「無」に変える訓練がほしいからです。

なかなか難しい訓練だろうなと思います。

                           キラキラ

キラキラキラキラ          peko

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